作品ごとにその音楽性を劇的に変えて、いい意味でファンの期待を裏切り続けている英国のオルタナティヴ・ロックの雄、レディオヘッド。
そのレディオヘッドが約5年ぶりに発表したアルバム「A Moon Shaped Poo」(2016年)は、なぜ音楽を生み出さなければならないのか、つまり、静寂でなぜいけないのかという音楽の根本を問うている作品に思えます。
この音楽というものに対する根源的な問いにレディオヘッドは真正面から闘いを挑み、その闘いの軌跡がこの「A Moon Shaped Pool」と言えます。
なぜそのような無謀な闘いをレディオヘッドはするに至ったか、まず、レディオヘッドの来歴を見てみましょう。
レディオヘッドの来歴
まず、メンバーの紹介です。
・トム・ヨーク(1968年10月7日生まれ)
メインボーカル/ギター/エレクトリックベース/ピアノ/シンセサイザー/タンバリン/ドラム
・ジョニー・グリーンウッド(1971年11月5日生まれ)
ギター/ピアノ/シンセサイザー/オンド・マルトノ/ストリングス/グロッケンシュピール・シロフォン/ラップトップコンピュータ/トランジスタラジオ/カオスパッド
・エド・オブライエン(1968年4月15日生まれ)
ギター/バックボーカル・コーラス/ギターエフェクト・サンプリング/ドラム/カバサ/パーカッション
・コリン・グリーウッド(1969年6月26日生まれ)
エレクトロニックスベース/ウッドベース/シンセサイザー/キーボード/サンプリング/パーカッション
・フィル・セルウェイ(1967年5月23日生まれ)
ドラム/バックボーカル/パーカッション/リズムマシーン
以上の5人組です。
- 英国オックスフォード郊外にある男子全寮制パブリックスクールのアビントン・スクールで、メンバー5人はそれぞれ別のバンドで活動していましたが、1985年に上記の5人で「On A Friday」という名のバンドを結成します。
- 1991年メジャー契約しバンド名をレディオヘッドに変えます。
- 1992年、「Drill」でメジャーデビューを飾ります。翌年、1stアルバム「Pablo Hony」よりシングル・カットされた「Creep」が熱狂的な支持を集め、一躍世界的なバンドになります。
- 1995年、2ndアルバム「The Bends」でアコースティックサウンドやサイケデリック・ロックを突き詰めています。
- 1996年、映画音楽、サイケデリック、そしてトリップ・ポップなどの影響をを受けてそれをレディオヘッド流に昇華して見せたシングル曲「Lucky」を発表、翌年に「Lucky」で試みたものをさらに推し進めた実験的な3rdアルバム「OK Computer」を発表します。
「OK Computer」は1990年代を代表する作品の一つとして上げられ、レディオヘッドの名声を不動のものとしたアルバムです。 - 2000年、問題作の4thアルバム「Kid A」を発表。当初、この作品は「商業的自殺行為」と称されていたのですが、大成功を収める結果となりました。
「Kid A」ではエレクトロニカや現代音楽へと大きく舵を切っています。 - 2001年、5thアルバム「Amnesiac」を発表します。
この作品は「Kid A」と同時期に制作された作品で、スウィング・ジャズを取り入れるなどジャンルに捕らわれない雑食性なレディオヘッド・サウンドを確立した作品と言えます。
その後、「Hail to the Thief」(2003年)でバンド・サウンドに立ち返り、「In Rainbows』(2007年)、「The King Of Limbs」(2011年)を発表します。
そして「A Moon Shaped Pool」と続くのです。
レディオヘッドの「A Moon Shaped Pool」はこれまでのまでの集大成
レディオヘッドはアルバム「A Moon Shaped Pool」でこれまで積み上げてきたものを全て吐き出して静寂に闘いを挑んでいます。
「果たして音楽は静寂に勝るのか?」という問いを自らに課しているようなナンバーが収録された「A Moon Shaped Pool」は、レディオヘッドが音楽を奏でる背後にはずっと静寂がつきまとっているのです。
その静寂を突き破るようにバンド・サウンドが冴え渡る第一曲目の「Burn the Witch」は音楽が持つ宿命である静寂に対する闘いの戦端を開く作品に相応しいナンバーです。
とはいえ、「Burn the Witch」のバンド・サウンドはレディオヘッドならではの味付けがなされていて、ストリングスやアンビエント音楽、または現代音楽の要素が垣間見え、その音作りは手が込んでいて複雑です。
これはレディオヘッドまでビートルズの影響が連綿と続いていることを示していて、とても興味深いです。
そのビートルズの影響がさらに色濃く垣間見えるのが二曲目の「Daydreaming」です。
ビートルズが初めて行ったテープを逆回転した音で曲作りをしたその雰囲気がよく再現されています。
そして、その他のいずれの楽曲もレディオヘッドならではの複雑な音作りがなされています。
これはなぜなのでしょうか。
それが最初にいったことで、レディオヘッドは静寂に実直な闘いを挑んでいるのです。
静寂が相手なので、そこは手を変え品を変えて音楽を静寂の中に立ち上げなければならないのです。
そのために、音作りは複雑にならざるを得ないのです。
少しでも隙を見せれば、音は静寂に呑み込まれてしまいます。
それをぎりぎりのところで回避しているのがレディオヘッドの音作りであり、レディオヘッドは静寂に対してひるまずに最後まで闘っています。
そして、レディオヘッドはあえて静寂を取り込むようにして現代音楽風な音作りや女声の美しい合唱など静寂なくして成り立たない音を立ち上げるのです。
それはとても美しいのです。
また、トム・ヨークのボーカルそのものが静寂を意識させて仕方がないのです。
あえて声を張り上げることなく、ときに囁くかのように訥々と歌い上げるトム・ヨークのボーカルは妖艶であり、とても魅力的です。
以上のことを踏まえると、静寂から音楽を作り上げる困難さ、つまり、無から有を生み出す困難さをレディオヘッドは包み隠さずさらけ出しているのです。
だから、熱狂的なファンを獲得できたと思えるのです。
まとめ
レディオヘッドの9thアルバム「A Moon Shaped Pool」は、これまでのレディオヘッドの集大成といえる作品で、ロックはもちろんのこと、現代音楽、アンビエント音楽、エレクトロニカなど種々雑多なレディオヘッドにしかできない「離れ業」の音作りで作られた秀作揃いの作品です。
収録されたいずれのナンバーも静寂を意識させるもので、レディオヘッドは音楽が存在するその存在証明を「A Moon Shaped Pool」で示しているといえます。
さて、今後、レディオヘッドはどこへ進むのでしょうか。
「A Moon Shaped Pool」を聴いていてそんなことを思いました。
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