現代音楽の重鎮、アルヴォ・ペルトの宗教曲「テ・デウム」の澄明な美しさに触れて







バルト三国の一つ、エストニア出身の現代音楽の作曲家、アルヴォ・ペルトは小難しいと思われがちな現代音楽の中であってもその作品は根強い人気を誇ります。

それはペルトの作品が荘厳で澄明、そして静謐な美しい音楽で、とても聴きやすく、聴いていてどうしても心洗われる音楽だからです。

ペルトの作品の中でも合唱曲の美しさは特に定評があります。

 

そんなペルトは、初めからそのような美しい音楽を書いていたわけではなく、ペルトの初期はショスタコーヴィチやバルトークなどの影響下にありました。

しかし、後年、作曲する気が全く失せてしまい、藻掻き苦しんだ苦悩の時代を過ごすことになります。

そこで、ペルトは西洋音楽の源流の研究に没頭します。

そこからペルトは苦難の時代を経てペルト独自の音楽世界を創出したのです。

ここではそんなペルトの美しい「テ・デウム」を取り上げます。

 

アルヴォ・ペルトとは?

 

まず、現代音楽に詳しくないという人が多いと思いますので、アルヴォ・ペルトの人となりを紹介します。

 

ペルトは1935年9月11日生まれの82歳。

旧ソ連統治下のエストニアのイェルヴァ県パイデ出身です。

ペルトは7歳より正式な音楽教育を受けていて、14,15歳の頃には既に作曲していたと言います。

タリン音楽院(現エストニア音楽アカデミー)でのペルトの様子は、才気煥発だったようで級友の話として「彼は全くの多作で、袖を振るだけでNote(音符)が落ちているようだった」と伝えられているように、作曲に没頭していたようです。

 

ペルトは1957年にタリン音楽院に進学したことと合わせて、1968年までエストニア放送のレコーディングエンジニアとして働いていた経験も作曲に影響したものと考えられます。

ペルトが最初に世に認められたのは、1961年オラトリオ「世界の歩み」で、モスクワ開催の全ソ連青少年作曲コンクールで優勝したことです。

 

ペルトは1979年に家族とともにエストニアを離れ、オーストリアのウィーンに移住し、市民権を取得します。

そして、1982年より活動の拠点をベルリンへと移します。

 

ペルトの音楽の推移

 

ペルトの初期は前述したようにショスタコーヴィチ、バルトーク、プロコフィエフの影響下にあり、また、シェーンベルクにより始まった十二音技法や十二音技法が更に発展した音列主義とも呼ばれるセリー音楽、または、セリエル音楽にまでを守備範囲としましたが、そのことが旧ソ連政府の怒りを買うこととなったのでした。

また、ペルトが何にでも手を出したと言うことは裏を返せばペルトが作曲する中で自身の限界をも感じていた証拠でもあり、色々と手を伸ばしてはみたものの、自分の満足が行く作曲ができなくなっていったのです。

 

ペルトは絶望の余り全く作曲ができない状態に陥ってしまったのでした。

懊悩の中で藻掻いていたペルト。

そんなペルトはこれを打開するには西洋音楽の原点に立ち戻るしかないと考えて古楽にのめり込みます。

 

単旋聖歌やグレゴリオ聖歌、ルネサンス期の多声音楽の研究に没頭しました。

時を同じくして宗教の研究や正教会への入信をするなどしました。

 

つまり、宗教への接近です。

これだけでも当時のペルトの苦悶の様が解ります。

作曲だけでは解決不可能で生き方そのものを見直すこと、つまり、宗教の問題にも直面していたのです。

 

これを機にペルトの音楽はがらりと変わり、ペルト自身がそれを「ティンテイナブリ(鈴声)の様式」と呼ぶ、シンプルな和声の音楽を生み出します。

それは古楽研究に没頭し、宗教的な危機に陥ったことを乗り越えた末にペルトがたどり着いた境地とも言えます。

その音楽はとても美麗で聴くものの心を平穏にする力がある現代音楽でもペルトのみの独自の音楽にたどり着いたのです。

そして、ペルト人気は衰えを見せるどころか、ますます高まるばかりなのです。

 

「テ・デウム」を聴いて

低音がジーンと腹に響くように始まる「テ・デウム」は、静謐です。

どこまでも静謐なこの宗教曲「テ・デウム」はペルト音楽の神髄が堪能できる傑作です。

 

続いて男声の合唱で重厚に「テ・デウム」のラテン語の文が歌われてゆきます。

それを受ける形で続いて女声の華やかな合唱で「テ・デウム」が歌われます。

とは言え、この楽曲の底流にある途轍もない静謐感に聴くものはペルト音楽の神聖で荘厳な得も言えない魅力の虜になってしまうはずです。

 

その後は男声と女声が重なり合っては離れることを繰り返しながら、バイオリンを初めとする弦楽器の演奏と相まって、「テ・デウム」の文が歌われてゆきます。

それにしても美しいのです。

宗教音楽故に神聖で美麗なのは解るのですが、ペルトが創出した音楽はどこまでも透徹していて、まるで清流で沐浴するかのような錯覚に襲われるのです。

幻想的でありながら浮世離れしていないこの感触はペルトならではと言えます。

 

そして、パッションも忘れられていません。

キリスト教に潜在的に潜むこのパッションは、熱情とも受難とも訳されるものですが、ペルトは途轍もない静寂の中にこのパッションが迸り出す旋律を織り交ぜ、更に静謐感を際立たせるのです。

 

これは、しかし、いつの時代の音楽なのかと思わずにはいられません。

ペルトの音楽は、前衛を追う類いの現代音楽とは隔絶した古楽とも現代音楽ともとれる時代を超越した音楽を生み出したのですが、その好例として「テ・デウム」は位置づけられるのです。

 

しかし、静謐でありながら、劇的な構図をも見せるこのペルトの「テ・デウム」は、現代音楽が到達した一つの境地であり、ペルトの音楽が宗教の宗派を超えて愛されるのも頷けます。

 

まとめ

 

アルヴォ・ペルトは現代が生んだ不世出の作曲家の一人で、現代音楽の作曲家ながら絶大な人気を誇ります。

それはペルトが絶望の底を見たことによるところが大きいのです。

 

ストレスと不安に満ちた現代において、ペルトが到達した聴くものを静謐で神聖な場へと連れて行ってくれる音楽は、多くの人に愛され、また、喉から手が出るほどに求められているのです。

心の安寧を求めているのであれば、是非、アルヴォ・ペルトの音楽を聴いてみて下さい。












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