琵琶を弾きながら平家物語を伝え歩いた『琵琶法師』その正体とは?







源氏と平氏が争った源平合戦の後、平清盛(たいらのきよもり)を始めとする平家の隆盛と衰退を琵琶を弾きながら平家物語として全国に伝え歩いた『琵琶法師(びわほうし)』という職業の人々がいます。

平家物語を琵琶を弾きながら歌い、全国に広めていった琵琶法師

後世では悪役の代表格として挙げられる平家一門を主人公とした物語を彼らはなぜ広めて歩いたのか?その正体とは?

 

本記事では鎌倉時代に登場した琵琶法師について解説します。

 

国語の必修となっている平家物語

平家物語〈1〉 (岩波文庫)

日本人なら誰しもが中学、高校で平家物語を習ったことでしょう。

那須与一(なすのよいち)が登場する扇の的や織田信長(おだのぶなが)が好んで舞ったといわれる能の「敦盛(あつもり)」は平家物語の一部分です。

平家物語は古典の必修に定められ、歴史の教科書にも出ているほどなので、歴史的、文学的にも大変重要な物語となっています。

後世においてここまで評価される物語を作り、伝えたのは朝廷に仕える貴族や有力な武士ではありません。

平家物語を作ったのは琵琶法師という職業の人々でした。

 

琵琶法師(びわほうし)とは?

琵琶法師(びわほうし)とは平安時代の中期から見られた街中で琵琶を弾き語ることを生業とした僧侶です。

琵琶法師に初めてなった方が盲目の僧侶であったことから琵琶法師は盲目であると誤解されがちですが、琵琶法師の本来の意味は「琵琶を演奏することを仕事にした僧侶」というのが正しいです。

そのため、盲目ではない琵琶法師もいました。

 

また、平安時代の初期から栄えていた天台宗の僧侶のなかには般若心経などのお経を琵琶を奏でながら読経した僧侶もいました。

ちなみに鹿児島や大分、熊本など九州地方の地域では今なお琵琶を弾いて読経する僧侶は現存するようで、野暮供養や葬式、お盆、地鎮祭等で行われています。

 

平家物語(平曲)を作ったのは琵琶法師

琵琶

日本の『琵琶(びわ)』は大陸からシルクロードを通って日本に伝わったとされています。

聖武天皇以降の天皇家の宝物を保管、管理している正倉院には日本に初めて渡ったと言われる琵琶が保管されています。

琵琶は宮中の音楽団越天楽でも使用されているし、貴族たちも習得するべき楽器として習いました。

 

また、平安時代になると楽器を演奏する音楽だけでなく歌を歌う音楽、声楽も発達してきました。

平安時代の中期までは楽器の演奏と歌を歌うことはまったく異なる音楽として認識されていましたが、そんな中、琵琶法師は琵琶を弾きながら歌を歌う弾き語りのスタイルをとったので、当時は斬新な音楽家として一目置かれるようになります。

 

そして鎌倉時代に入ると琵琶法師は平家物語のベースとなる平曲を完成させます。

平曲とはこれすなわち平家物語のことで、琵琶法師は琵琶を弾きながら歌いやすいようにイントネーションや節をつけて平家物語の文を歌詞にしました。

いや、正しい順序になおすのならば、平曲の歌詞を書き起こし、描写を加えたり注釈を加えたのが平家物語であると言ったほうが正しいでしょう。

 

琵琶法師は平家物語を全国各地に広めた

 

琵琶法師は全国各地を巡行して平家物語を広めました。

琵琶法師は貴族や大名、寺社などを巡り歩きその伝手や紹介を頼って芸として平家物語(平曲)を披露し、当時の人々の娯楽として愛されました。

琵琶法師の語る平家物語は漢文体を使用していなかったので庶民たちも受け入れやすく、日本全国へ急速に浸透していきました。

 

琵琶法師の正体は平家の残党?

平家物語を琵琶を弾きながら歌い、全国に広めていった琵琶法師、後世では悪役の代表格として挙げられる平家一門を主人公とした物語をなぜ広めて歩いたのか、私はそれが不思議で仕方がありませんでした。

 

実は平家物語(平曲)を作った琵琶法師こそが平家の残党で、彼らは自分たちの功績や己の元主だった平家のことを後世に伝える目的があって作られていると言われています。

残党、つまり落ち武者ということですが、なぜ武士から法師へ転身しているのかというと当時の戦後の後始末がその背景にあります。

 

当時の戦争では主がもし討ち取られて決着がついても、「残党狩り」という冷酷な被害を受けました。

残党狩りとは文字通り生き残った敵方の武士に追い打ちをかけて殺戮することです。

残党狩りは敵方の君主の家族→近臣→近臣の家臣という順序で優先的に行われます。

これは後々の仇討ちを避けたり、領土を奪うために行われていました。

 

しかし、この残党狩りを免れる唯一の逃げ道があります。

それは出家する事です。

かつて源義経とその兄弟は出家することを条件に一家根絶やしを免れています。

主人を失った平家の残党は出家するか、自害もしくは処刑されるしか道が残されていませんでした。

琵琶法師となった平家の残党はあえて生き恥を晒しながら平家の盛衰を伝える役目を己に課しました。

 

まとめ

 

琵琶法師とは『琵琶を弾いて読経したり、琵琶を弾きながら歌を歌うことを生業とする僧侶』のことを指します。

また、琵琶法師には

  • 天台宗の僧侶として琵琶を奏でながら読経する者
  • 平家の残党が自分の功績や主のことを平家物語(平曲)として後世に伝えた者

がいました。

 










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