筋金入りの酒乱!?戦国武将「福島正則」のお酒による3大失敗







賤ケ岳7本槍がひとりの福島正則は、加藤清正や石田三成とともに豊臣秀吉の子飼として幼少期から仕えた大大名です。

その福島正則は筋金入りの酒乱であったそうで、お酒による失敗が多かった武将でもあります。

そこで今回は福島正則のお酒による3大失敗を紹介します。

 

酒好きの戦国武将たち

 

大人の方であれば誰でも一度や二度くらいはお酒による失敗をした経験があるでしょう。

戦国武将たちは酒好きが多く、お酒による失敗をする武将たちもけっこういたそうです。

戦国時代に来日してキリスト教の布教活動をしたルイス・フロイスはかつて「日本人は自分で酒量をコントロールすることができない」と記しています。

 

数多くいる戦国武将のなかでも福島正則は筋金入りの酒乱として1位2位を争う人物です。

福島正則と言えば、豊臣秀吉の子飼として幼少期から仕えた豊臣譜代大名で、賤ケ岳七本槍に数えられるほどの槍の名手。

その福島正則は酒癖の悪さが原因で数々の失敗をしています。

 

泥酔して家臣に切腹を命令、酔いが醒めて後悔

ある日、福島家中では主君の福島正則と側近の家臣が口論をしていました。

口論とはいっても一方的に福島正則が泥酔して一方的に突っかかっているだけの、いわゆるめんどくさい酔っ払いの文句です。

 

事の発端は福島正則の飲酒にありました。

その日、福島正則は昼からお酒を飲み始めていて、夜になると顔を真っ赤に染めながら酒瓶をラッコのように抱えていたそうです。

その姿があまりにもだらしなかったので、側仕えの家臣の一人が諫言(忠告)したのです。

それを快く思わなかった福島正則は今しがたこのように絡んでいるのでした。

 

その様子を見ていたたまれなくなった福島正則の家老は口論の仲裁に入り、側近の家臣に謝罪することを命じてその場をおさめ、主君の心変わりがしないうちに側仕えの家臣を帰宅させました。

 

ところが、福島正則はその後もさらに酒を飲み進めていき、どんどん諫言されたことへの怒りが沸々と蘇ってきました。

「あやつ、家臣の分際で主君に楯突くとは反逆罪である。だれかあやつの首を斬って、ここに持ってこーい」と酔った勢いで命令してしまいました。

伝令が側近の家臣のもとへ言伝にいくと、「私の命で殿の御心が鎮まるのならば死にましょう。ただ、武士として切腹させていただきたい」とその晩のうちに自刃し、介錯人によってその者の首は斬り落とされました。

そして、その首は見せしめとして、さらされました。

 

翌朝、目覚めた福島正則は酔いがすっきり醒めてよい気分に。

そして何事もなかったかのように側仕えの家臣の名前を呼んでもなかなか姿を現しません。

そこで他の家臣を呼びつけて、「昨日は酔っぱらってケンカしてしまってわるいと謝りたいから(側近の家臣)を呼んできてくれ」と指示しました。

指示を受けた家臣はハトが豆鉄砲を食らったような顔をして「(側近の家臣)は昨夜切腹しました」と答えました。

しかし、上機嫌な福島正則はそのことを全然信用しません。

困った家臣は家老のもとへいき、事情説明をしてもらうように頼みました。

 

家老が福島正則に事情を説明すると福島正則はその話の証拠を求めました。

そのため家老はは処刑された者の首が置かれている台のもとへ福島正則を連れて行きます。

ここでようやくことの深刻さを痛感した福島正則は、号泣して何度も何度詫び続け、処刑された家臣の首を胸に抱き、一日中泣きまくったそうです。

 

酒を飲めば鬼嫁だって怖くない

 

福島正則の正室(本妻)は照雲院といい、豊臣方の家臣の妻の中でも最も恐妻であった女性でした。

照雲院の父親は織田信長の従兄弟信昌の息子で、津田長義といいました。

豊臣秀吉から見ても照雲院は主筋にあたる出身で、それを福島正則のために当てがったのは豊臣秀吉が福島正則のことを血縁者として相当可愛がっていたからです。

したがって、福島正則も照雲院と豊臣秀吉に気をつかい、長い間側室を娶りませんでした。

福島正則と照雲院の間には男児が次々と生まれ、夫婦仲は決して悪くはありませんでした。

また、照雲院は女性でありながら薙刀の名人であったそうで、豊臣方の家臣にその腕前を知らぬ者はいないというほど有名でした。

 

ある日、遠征に行っていた福島正則は大酒を飲んで日ごろのストレスを発散させていました。

お酒を飲んでしまうと判断力が鈍くなってしまうことはよくあること。

酔った勢いで福島正則は他の女に手を出して浮気をしてしまったのです。

 

悪い噂というのは当人が気づくことのできないほどのスピードで速く広まります。

どこから聞いたのか、照雲院にも夫が浮気をしているという情報は夫が帰宅するも早く彼女に伝わってしまいました。

当然照雲院は大きなショックを受け、心に傷を負いました。

数日後、ことの重大さに気づいていない福島正則が帰宅すると、小袖にタスキをかけた愛妻が薙刀を担いで立っていました。

 

「えっ!?何があったの!?」驚いた福島正則が照雲院に純粋な疑問を投げかけると、「貴様の胸に聞いてみろっ」と怒鳴られて追いかけ回されました。

あまりに唐突すぎたので、不覚にも背を向けて逃走した福島正則でしたが、妻の怒鳴ったひとことを思い返し「(ああ…浮気のことか…)」と気づいたのですが、時すでに遅し。

振り返ると愛妻は薙刀をブンブン振り回し、男顔負けの走りで自分を追いかけてきます。

猛将で知られる福島正則も鬼の形相をした妻には頭が上がらず。

門外まで走って逃げたと言われています。

 

一気飲みに負けて大事な日本号を獲られる

 

福島正則と黒田長政の家臣、母里友信の一気飲み対決で起きた珍事件のお話。

使者として福島家を訪れた母里友信に福島正則は酒を飲むようにすすめます。

公務中だった母里友信は使者そして訪問した手前飲むわけにはいかないと断ります。

 

すると福島正則は意固地になって「一気飲みできたらなんでも褒美をくれてやる」と言います。

それでも母里友信は丁重に「お断りします」と相手にしませんでした。

その返答に対し福島正則は次のように挑発しました。「ヘー黒田のやつって酒飲んだくらいで役に立たなくなるんだぁ。黒田武士って腰抜けだね」。と黒田家をバカにするような発言を重ねます。

 

さすがに下の立場といっても自分の主君や同僚をバカにされたらケンカを買わずにはいられません。

実は母里友信という男、酒の強さは指折りの酒豪でした。

ケンカを受けてたった母里友信の大杯に並々と酒が注がれました。

その大杯は横綱が優勝したときに祝いの席で、飲むような大きさです。

自分の顔よりもひとまわりもふたまわりも大きな杯の酒を母里友信は人前で一気に飲み干しました。

 

母里友信は「褒美はなんでもよろしいとおっしゃいましたね。それでは天下一の名槍日本号を所望いたします」と強気で言いました。

日本号とは足利義照→織田信長→豊臣秀吉→福島正則に伝わった日本三大名槍に数えられる槍です。

自分の口から発したことを撤回するわけにもいかなかった福島正則はしぶしぶ名槍日本号を母里友信に与えました。

 

さらにこのエピソードは詩吟の「名槍日本号」と「黒田節」という民謡の由来になりました。

 

まとめ

 

NHK大河ドラマ「真田丸」にも登場していた福島正則ですが、なかなか酒癖がわるかったようですね。

実に滑稽な話ですが、失敗談が後々宴会や結婚式の余興として歌われたり踊られたりするようになるわけなのですが、死後までそれを語り継がれるとは福島正則も可哀想な武将ですね。












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