物が飲み込みにくい、水にむせる、食事に時間がかかるなどの症状はありませんか。
飲食物を上手に飲み込めない状態を「嚥下(えんげ)障害」と呼びます。
物が飲み込みにくいと、食事をするのが一苦労、楽しいはずの食事が憂鬱になってしまいますね。
嚥下障害は主に加齢により生じ、さらに様々な病気が原因となる場合もあります。
特に高齢者では、嚥下障害から誤嚥(ごえん:飲食物が気管に入る)をおこし、命をおびやかす肺炎になることも。
現代の高齢化社会においては、嚥下機能低下の対策は、大切な課題の1つと言えるでしょう。
そこで今回は、飲み込みにくくなる「嚥下障害」の症状と原因、リハビリなどをお届けしていきます。
「嚥下」は多くの器官による協調運動
物を飲み込む動作を「嚥下(えんげ)」と呼びます。
一般的な「嚥下」とは、口内の飲食物を飲み込み、胃に送る一連の動作をさします。
また、飲食物を認識し、口に入れて噛み砕き、飲み込むまでを「摂食嚥下」と呼びます。
口の中の食物を噛み砕いて唾液と混ぜると、「嚥下反射」という飲み込むための反射運動がおこります。
嚥下は主に舌の運動により、口の中からのどの奥(咽頭:いんとう)に、食物を送り込むこむ動作で始まります。
その時、口は閉じて奥歯は一瞬噛み合い、のどぼとけは上がります。
咽頭に入った食物は、嚥下反射により、鼻や気管に入らないようにして、食道に送られます。
食物が食道の入り口に入ると、食物を押し下げる蠕動(ぜんどう)運動により、食物は食道の上部から下部に向かい移動して、胃に入ります。
嚥下は多くの器官が複雑に協調して行われる動作なので、それらにわずかでも支障があると、飲み込みにくい状態(嚥下障害)になります。
嚥下障害の症状
嚥下障害の症状としては以下のようなものがあります。
- 飲食物をとると、むせたり咳(せき)がでる(特に味噌汁やスープなどの水分+固形物)
- 食事以外で、突然むせたり咳こむ(唾液による)
- のどがつかえて、飲み込みにくい
- 食後、痰(たん)がでたり、ガラガラ声になる
- 食事に時間を要し、疲れる
- 食物を飲み込もうとしても口に残り、こぼすことがある
- 体重や尿量の減少、発熱など
嚥下障害が続くと……
食欲減退
飲み込みにくいので食事が憂鬱になり、食事への意欲がなくなってきます。
栄養不良
飲み込みやすい食物を好むようになると、栄養が偏りやすく、摂取量も減ります。
脱水症状
飲むとむせるので、無意識に水分を控えるようになります。
誤嚥(ごえん)性肺炎
食物や唾液が過って喉頭から気管や肺に入る「誤嚥(ごえん)」がおきると、誤嚥性肺炎になることがあります。
また、睡眠中の唾液の逆流による誤嚥にも注意が必要です。
呼吸状態や全身状態が悪化していれば、入院治療になるでしょう。
窒息
食物が気道を完全にふさぐと、呼吸困難になり窒息にいたります。
高齢者では、むせたり咳がでなくても、嚥下障害が進行することがあります。
重症化して誤嚥性肺炎になると、ますます飲み込みにくくなり、食欲不振や脱水、栄養障害に陥りやすくなります。
本人は勿論、周りの人も「飲み込みにくい」症状を見逃さず、経鼻栄養や胃ろうが必要になる前に、早めの対策をとるようにしましょう。
嚥下障害の原因は加齢・病気・心因
食べ物や飲み物が飲みこみにくいときは、通り道が狭くなっているか、飲食物をのどから食道、胃に運ぶ機能が低下しています。
加齢による筋力低下
加齢により、食べるときに必要な、噛んで飲み込むための筋肉が弱くなります。
歯数の減少や義歯の不具合などがあると、食物を十分に噛み砕けないため、飲み込みにくくなってしまいます。
また、筋力低下のため、軟口蓋(口腔上部の奥)が鼻腔と口腔の間をしっかりと閉じれないと、食物が鼻腔に逆流することがあります。
さらに唾液や嚥下反射などの加齢による変化、注意力の低下、薬の副作用などがあると、嚥下が障害されるでしょう。
近年は、若年者の嚥下障害も増えています。
硬い物を食べない、仕事やスマホをしながらの食事、ストレスなどが原因とされています。
40歳からは、のどの老化も始まりますので、注意が必要ですね。
原因となる病気と症状
- 口内炎:食事のときの、口の中の痛み
- 扁桃炎:飲み込むときの、のどの痛みと飲み込みにくさ
- 舌、食道、喉頭がん:飲み込みにくい、声がれ、咳、のどの痛み
- 脳卒中:口が開閉しづらい、舌が動かない、ほほの感覚がない、喉頭マヒによる誤嚥
- パーキンソン病:飲み込むための筋力や反射の低下
- 認知症:食べ物を認知できない、食事行動の中断と停止、拒食
- 重症筋無力症:飲み込みにくい、まぶたが下がり二重に見える
- ギラン・バレー症候群:飲み込めない、手足の力が入らない
- サルコペニア:筋肉の減少による摂食嚥下障害、歩くのが遅い、フタを開けられない
※のどが腫れる病気の詳細は、こちらをご覧ください。
「のどが腫れる原因は?のどが腫れる病気の症状や原因について詳しく紹介!」
心因性の嚥下障害
- 神経性の食欲不振(拒食)や異食症などの「摂食障害」
- 心気神経症(病的原因のない心身の不調)による「咽頭異常感症」
- ヒステリーやうつ病などによる「嚥下困難」
※咽喉頭異常感症の詳細は、こちらをご覧ください。
「のどがつかえる?のどに違和感がある時に考えられる病気とその症状について解説」
嚥下障害専門外来を受診しましょう
嚥下障害が疑われたら、嚥下障害専門外来のある歯科・口腔外科・耳鼻咽喉科・リハビリテーション科などを受診しましょう。
診察は、まず原因や症状、経過などを聞く「問診」、患部を見る「視診」、触れる「触診」を行います。
さらに、飲み込むときの状態や喉頭の動き、嚥下反射などを確認します。
検査は、喉頭ファイバーによる内視鏡検査や、造影剤を使用してのX線透視などで、嚥下機能を確認します。
嚥下障害の治療はリハビリか手術
リハビリは「間接訓練」から始め、回復してきたら「直接訓練」を行います。
間接訓練は食事以外のトレーニング
間接訓練は、誤嚥予防や飲み込むのための筋肉強化など、食事以外のトレーニングです。
誤嚥は一口目におきることが多いので、食前に間接訓練を行うと、効果的でしょう。
口の周りの筋肉のトレーニング
舌やほほなど口の周りの筋肉を鍛えましょう。
口を大きく開き、舌をできるだけ出したり引いたり、左右に大きく動かしてください。
ほほを思い切りふくらませたり、すぼめたりしましょう。
それぞれ、数回繰り返します。
発声によるトレーニング
発声により、嚥下に使う器官の筋肉の訓練をしましょう。
「パ行、タ行、カ行、ラ行、マ行」をゆっくりと数回、早く数回発声します。
「パパパ、カカカ、ラララ」「パタカラ」などの発声も有効でしょう。
くちびるや舌、のどの奥などを鍛えてくれます。
呼吸に関連する筋肉のトレーニング
嚥下は、息を吸ってから止めて飲み込み、息を吐くという、呼吸との協調運動です。
衰えた呼吸機能を高めることで、嚥下障害を改善します。
お腹を膨らませながら鼻から息を吸い込み、お腹をへこませながら口をすぼめて息をゆっくりと吐く、腹式呼吸を行いましょう。
水の入ったペットボトルの上部に穴をあけてストローをさし、ブクブクと息を吐く訓練もおすすめです。
呼気の強さは、ペットボトルのフタの締め具合で調整できます。
できるだけ長く、ゆっくりとストローを吹きましょう。
また、気管に入った痰や食物などを、強い咳で出せるようにするための筋トレも重要です。
お腹に手を当てて息を吸い込み、呼気(息を吐く)と同時に軽くお腹を押して、「エヘン」と声を出しながら、しっかりと咳をしてください。
飲み込みやすい姿勢を保つ
悪い姿勢で食事をすると飲み込みづらく、誤嚥しやすくなります。
できるだけまっすぐ座ることで、飲み込みやすい姿勢を保つ筋肉が鍛えられます。
首や肩の筋肉のストレッチ
首肩の筋肉がこわばると、飲みこみにくくなります。
深呼吸やストレッチで、筋肉をリラックスさせましょう。
まず、腹式呼吸を行い、体全体をリラックスさせます。
ストレッチは首をゆっくりと、前後左右に倒したり、左右に回しましょう。
無理をせず、痛気持ちよさを感じるところで、10~20秒間止めてください。
息を吸いながら肩をすぼめ、息を一気に吐きながら肩をおろす脱力法もおすすめです。
口の中の感覚の改善
口腔内を適度に刺激して、感覚の改善をはかります。
口をすぼめ、強く息を吸い込むみ、冷気をのどに当てましょう。
口腔ケア時のアイスマッサージなども、適度な刺激で効果があるでしょう。
割りばしに巻いたカット綿や、綿棒などに水を含ませて凍らせます。
凍った綿に水を少量つけて、のどの奥や舌の根元を慎重に数回刺激し、直後に唾液を呑み込む「空嚥下」の動作をしてください。
嚥下反射が誘発されやすくなるため、嚥下がスムーズになります。
直接訓練は、食物や食事の方法を工夫
誤嚥をふせぐ訓練食
水ものは誤嚥しやすいので、トロミを付ける食事がすすめられます。
ゼリー状の補助食品や、ミキサーを使用してもよいでしょう。
また、プリンや卵豆腐など、半固形の食品は誤嚥しにくいですよ。
正しく飲み込むための嚥下訓練
食物を飲み込みにくい人は、1回で飲み込める量が少なくなっています。
一口分の食物を複数回に分けて飲み込むことで、誤嚥を防ぎましょう。
食物を飲み込んだ後、唾液を何度か飲み込む方法もおすすめです。
食事は急がず、少しずつ確実に飲み込むようにしてください。
食物と水分の交互摂取
パサつくような食物と、水分やゼリーなどを交互に飲み込みます。
食物が口の中やのどに残るのを防いでくれます。
嚥下障害の治療手術の目的は機能改善と誤嚥防止
嚥下障害が重症の場合、リハビリによる機能の回復は望めないので、手術が検討されます。
嚥下機能改善手術
食道の入口を緩めたり、喉頭を持ち上げるなどの手術で、低下している嚥下機能を向上させます。
誤嚥防止術
気管と食道を分離して、誤嚥を防ぐ手術です。
喉頭を残す方法と、喉頭を摘出する方法があります。
手術により、発声機能が失われる場合があるので、慎重な検討が必要でしょう。
嚥下障害の予防は嚥下食・姿勢・口内衛生
リハビリとともに、食物の形や大きさ、姿勢や食べ方などに注意することが、嚥下障害と誤嚥性肺炎の予防になります。
飲みこみやすい形態と大きさ
飲み込みやすい「嚥下食」は、ゼリー、プリン、ムース、ミキサー食、ピューレ食、ペースト食、ソフト食、全粥、軟菜食などです。
嚥下能力に適した形態を選択してください。
窒息のリスクを避けるためにも、噛み砕きにくい食物は、飲みこみやすい大きさにカットしましょう。
食事中や食後の姿勢
猫背になり下向きの姿勢で、食事をしてはいけません。
椅子に深く腰掛け、背筋はまっすぐ伸ばしましょう。
まっすぐの姿勢がつらい人は、やや後ろにもたれかかってもよいです。
顔は正面を向き、あごを軽く引いて飲み込んでください。
食後はすぐに寝ないで、90分ほど上体を起こしていましょう。
食べ方と口内衛生の注意
多すぎない適量の食物を、一口ずつゆっくり噛んで、しっかりと飲み込みましょう。
完全に飲み込み終わってから、次の一口にすすみます。
ながら食事(テレビ、スマホ、新聞など)は、気が散ってしまいがちです。
口内に食物が入っているときは、おしゃべりもいけません。
誤嚥しないように、食事に集中してください。
普段無意識に行っている嚥下を、意識して行うことが重要なのです。
口腔内を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎や歯周病などの予防に役立ちます。
歯磨きや入歯の洗浄などは、毎食後おこなってください。
また、舌やほほの内側なども、スポンジブラシや柔らかい歯ブラシ、指に巻いたガーゼなどでお手入れしましょう。
咳の出ない誤嚥性肺炎は要注意
誤嚥性肺炎は嚥下障害により、飲食物と共に細菌が気道に入り込み発症する肺炎です。
症状は、発熱や激しい咳、黄色い痰や呼吸しづらい、肺雑音などです。
免疫機能が低下している高齢者では、症状がはっきりと出ない、不顕(ふけん)性誤嚥による誤嚥性肺炎も多くみられます。
症状は微熱と、元気や食欲がない程度なので、咳や痰が出ない症例では、とくに注意が必要ですね。
むせたりしないまま誤嚥が続き、命にかかわる誤嚥性肺炎に至ることがあるので、見落とさないようにしましょう。
誤嚥性肺炎は、胸部X線や胸部CT、血液検査などで診断します。
治療は抗生物質による薬物療法と、嚥下リハビリや口腔ケアになります。
咳を誘発して誤嚥を防ぎ、嚥下反射を改善する「ACE阻害薬」の投与が検討されることもあるでしょう。
高齢者の肺炎の多くは嚥下障害から起こる
物が飲み込みにくい「嚥下障害」があると、楽しいはずの食事が苦痛になってしまいますね。
人にとって大切な「口で食べる」という機能を、できるだけ長く維持したいものです。
そのためには、特に高齢者では予防とリハビリに、しっかりと取り組む必要があるでしょう。
また、死亡原因の上位を占める肺炎の大半は、「誤嚥性肺炎」といわれています。
肺炎を引き起こす摂食嚥下障害の原因疾患の約4割は、脳卒中との報告もあります。
普段から生活習慣に気を配り、適度な運動と適切な食事をすることが肺炎の予防につながるでしょう。
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