『縄文時代の食生活』人々がハンティングで生活していた狩猟時代







日本史のはじまりとなる縄文時代を生きた我々日本人の祖先は動物や魚、野草や木の実などを食べて生活を送る、いわば狩猟中心の生活を送っていました。

本記事では縄文時代に行われていた「狩猟」にスポットを当てて縄文時代の食生活について紹介します。

 

古代版公共ゴミ集積所「貝塚」から判明した食生活

宮城県 里浜貝塚

縄文時代を生きていた我々の祖先はこの頃まだ稲作や野菜の栽培、家畜の飼育は行っていませんでした。

そのため山ではイノシシやタヌキなどの動物と野草や木の実といった植物、海では魚や貝、海藻などを採集し食料としてきました。

いわば、狩猟中心の生活を送っていたのです。

 

これらはどのようにして解明されたのかというと、古代版公共ゴミ集積所ともいえる「貝塚」からわかりました。

「貝塚」とは文字通り貝殻を大量に廃棄した場所のことを指しますが、「貝塚」に捨てられていたものは貝殻だけではなく、食事後の動物や魚の骨や土器の破片、化石化した木の実やクッキーのような練り物など貝塚から発掘されました。

これらが当時の食生活を解明する手がかりとなりました。

 

「貝塚」のようにゴミを一箇所に集積して廃棄された場所が見つかった遺跡は日本以外にほとんど見られないので、日本の人々はこの頃から世界の国々と比較すると綺麗好きな民族が集まっていたようです。

 

『縄文時代の大発明』弓矢の発明

縄文時代に人々は今なお現役で活躍している画期的なアイテムを発明しました。

人間は他の動物に比べると爪や歯は鋭くなく、飛べない、速く走れない、速く泳げない、見えない、聞こえないなどないない尽くしでしたが、それらを補うために火や武器を用い衣服を着てなんとか生き残ってきました。

しかしながら石を砕いたり削ったりして作った手刀や矛では、まだまだ猛獣たちの力に対抗することができませんでした。

そして人間はより安全でなおかつ確実に獲物を仕留めることができるアイテムを求めました。

その背景があって発明されたのが『弓矢』です。

 

弓矢は縄文土器と並んで縄文の2大発明に数えられる素晴らしい発明となっています。

当時の人々が用いていた弓矢は、丸木に麻や植物の蔓(つる)から採取した繊維を編んで作ったひもを弦として張っていたそうです。

ちなみに弓道競技で使用される弓に張る弦も麻の繊維に松脂を塗り込んで固めたものを使用しているので、この時の技術はエッセンスはいくつか加わっているものの現代まで引き継がれています。

 

釣りという行為

 

魚釣りが趣味である人はたくさんいると思いますが、釣りという行為は縄文時代から人々が生きるために行ってきたものです。

現代では釣り針は金属、釣り糸は化学繊維のものを使用していますが、当時は釣り針を動物の骨、釣り糸を植物の繊維から作ったものを使用していました。

我が国で出土された釣り針の中には作りが実に凝ったものがあり、曲げた先に返しを2重3重にして一度引っかけたら魚がどんなに暴れても逃げられないようにする工夫が施されていました。

 

また、動物の骨を削って作られたモリの先端部分も発掘されており、モリ突きによって魚を捕らえていたことも判明しました。

この頃のモリ突き漁は海や川に潜って近距離で獲物を刺すのではなく、陸地や大木を抉って作った船の上からモリを投げていたようです。

モリ突きに使われていたモリにはローブが括り付けられており、それを利き手と反対の手首や腕に縛り、モリが獲物から外れてもすぐに回収できるようになっていました。

 

狩りのパートナーとして犬を飼いならし始める

人々が犬を飼いならし、狩りのパートナーとして用い始めたのもちょうど縄文時代からだと言われています。

犬にウサギやイノシシなどを追いかけさせる。

犬の嗅覚や感を頼りに獲物を探す目的としても人間は犬を狩りのパートナーとして飼いならしました。

 

そしてこの頃からペットとして犬が人間の家族となります。

猟犬は通常足の骨を折ったり、老衰して走れなくなると口減らしのために殺されていたようですが、とある遺跡から夫婦と思われる一組の男女の遺骨と同じ場所から足を骨折した痕がある犬の遺骨が発掘されました。

これはペットとして犬が人間の家族の一員となっていたことを証明する判断材料になりました。

 

アイコンタクトは狩猟生活から

 

「目は口ほどにものを言う」と言われますが、人間以外の動物は目を見つめ合うことは敵意がある相手同士としかやりません。

もし、あなたが犬や猫を飼育しているのなら彼、彼女たちの目をよく見てみてください。

我々人間と違うことがあると思います。

それは瞳(黒目)の大きさです。人間以外の動物は天敵に出くわした際、逃げる方向を悟られないようにしなければならなかったので、瞳(黒目)が白目よりも大きくなっています。

ところが人間は白目よりも瞳(黒目)の部分が小さくなっています。

これは狩猟生活を行っていたころの名残で、声を出さずに自身の注目しているところや意思を伝えるために人間は上記のように臣下したと言われています。

 

なので、「親しい相手としか目を見て話すことができない」、「目を見られて話されると見透かされている気がするのはこの頃にインプットされた習慣が原因であると言えます。

 

まとめ

 

さて、みなさんいかがでしょう?

縄文時代の人々の食生活や現代も引き継がれる知恵や習慣なども知り得ることができたと思います。

こちらの記事では以下のポイントを押さえておいてください。

 

  • 縄文時代は狩猟が中心の生活
  • 船を作って海上に出ていた
  • 釣りやモリ突きのルーツは縄文時代にあり
  • 犬は縄文時代から人間のパートナーだった












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