焼け焦げたエイリアンはトマトに似ていた?ラレドUFO墜落事件の謎







およそ70年前のメキシコの砂漠に、直径30メートルほどの大型UFOが墜落した。

その30年後、突如、驚愕の事実が明らかになった。

アメリカ軍はエイリアンの死体を秘密裏に国内に持ち去っていたのだ。

封印された怪事件と、あの「トマトマン」の謎にせまる。

 

封印されたUFO墜落事件


1950年代はじめのアメリカはテキサス州─。

メキシコと国境を接する南部地域に流れる、ひとつの奇妙な噂があった。

 

数年前、UFOがメキシコ側に墜落した─。

米軍の戦闘機がそれを撃ち落とした─。

2人の宇宙人が生きたままアメリカ側に連れ去られた─。

アメリカはUFOを基地に収容した─。

そう、アメリカは事件を闇に葬ろうとしている……と。

 

けれども、事件の詳しいいきさつが明らかになるには、UFO研究者レオナルド・ストリングフィールドによる1978年の発表を待たねばならなかった。

 

この年7月に開催されたMUFON(the Mutual UFO Network/相互UFOネットワーク:1969年設立の世界最大規模のUFO民間調査組織)のシンポジウムで、ストリングフィールドは、軍内部から提供された極秘情報として次のような発表した。

 

  • 「1948年7月7日のこと、アメリカ合衆国テキサス州のラレド付近にUFOが墜落するという事件が起きた。2機以上の米軍用機の追跡をうけて、直径約27メートルの銀色をした円盤状の物体がラレドの南西約48キロ(30マイル)地点のメキシコ領内に落下、大破した」。

 

  • 「このUFOを調査するため、すぐさま現場に駆けつけた米軍のチームは、内部の備品とともに、エア・クラフトの操縦士とみられる、焼け焦げたヒューマノイドの死体を基地に持ち帰った」。

 

  • 「死亡した異星人は身長およそ140センチ(4フィート6インチ)。頭髪はなく、手に親指はなかった」。

 

すると、同年12月、これを追うようにして、別のUFO 研究家ウィラード・マッキンタイヤーが、ストリングフィールドが発表した異星人を撮影したと思われる2枚の写真を、元海軍に勤めていた写真家から入手した。

この写真のネガは、イーストマン・コダック社とグラウンド・ソーサー・ウオッチ(GSW)がそれぞれ独立に解析した結果、30年以上前のものであることが確認された。

 

事件の全容

 

発生から30年目にして突然、霧の中から姿を現しだした怪事件…。

複数の研究者たちの報告をもとに、以下、事件の経過を追ってみよう。

 

1978年の夏の日の午後、巨大UFOはまずニューメキシコ州アルバカーキの上空に現れた。

時速約3200キロ(2,000マイル)で飛行するこの物体を、軍ははじめ「レーダー・スクリーンで捉え」、すぐさま戦闘機をさし向けた。

その後、謎の飛行体はテキサス州に進路を変えた。

 

このときUFOを追い回した航空機のタイプ、また所属基地は不明だが、それはロッキードP-80シューティングスター(Lockheed P-80 Shooting Star)であった可能性が高い。

 

しかし、UFOの墜落が航空機の発砲によるものか、別のなんらかの関与のせいかは今なお不明である。

 

オハイオ州のUFO研究者ロン・シャフナーは次のように語っている。

 

  • 「パイロットによれば、物体は追跡中にスピードを落とし、次第に揺れはじめた。14時29分、それはレーダーの画面から姿を消した。複数のレーダーを使った三角測量から、テキサス州ラレドの約30マイル南のメキシコ領内に落下したのはまちがいないように思われた」。

 

  • 「たちまち軍の特殊回収チームが現場に駆けつけた。物体の残骸を調べるとともに、秘密裏にテキサス州サンアントニオの軍事基地に運びこんだ。このときの回収物の中に、人間以外の生物と思われるものの黒こげの死体があった」。

 

 

1986年になると、墜落時のUFOの様子について、別の研究者スタインマンとスティーブンスが新たな事実を明らかにした。

 

  • 「確かな情報源によれば、その船はほぼ完全に円形で、直径は約27メートル、厚さが約8メートルだった」。

 

  • 「船体の中心には5つないし6つの階層があり、器具類や機械類は、(この情報提供者が)到着する前に軍によってとりはらわれてしまっていた。推進システムやメカニズムは、はっきりしなかった」。

 

シャフナーの報告に戻ろう。

 

  • 「7月8日、陸軍の医師が到着し、ヒューマノイドの身体検査を行った。その結果、生殖器は見つからなかった。骨の構造は人間よりも複雑で、胴の中に筋繊維は発見されなかった」。

 

  • 「2本の足は短く、つま先がなかった。2本の腕は人間より長く、手には爪のような4本の指があったが、親指は見当たらなかった。足と腕の関節の場所は人間とかわらなかった」。

 

  • 「眼に見える耳や鼻はなかったが、そこには穴があいていた。唇もなく、口は歯や舌のないただの穴に過ぎなかった」。

 

  • 「彼らが撮影した体の大きさは4フィート6インチで、その頭部は、人間で言えば、体にくらべて非常に大きかった。目は炎で失われていたが、眼窩は人間よりはるかに大きく、180度の視界が得られるほどだった」。

 

 

トマトマンの神話

 

マッキンタイアに送りつけられた、エイリアンらしきヒューマノイドの写真─。

その真っ黒に焦げた体は、大きな丸い頭のために、いつしか「トマトマン(Tomato Man)」の愛称で呼ばれるようになり、メディアを通じて、UFOやポップ・オカルトのファンの間に浸透していった。

 

シェフナーやケヴィン・ランドルフなど多くのUFO 研究者らは、しかし、この写真が墜落時の激しい火災で焼けただれた人間のパイロットのものだと信じている。

その証拠として彼らは、写真の1つに、パイロットが着用するゴーグルのようなものが写っていると主張している。

 

フェイクなのか?

 

そればかりか、ランドルフは「トマトマン」の物語すべてを「作り話」だと断定した。

別の研究者の中には、黒焦げの体がミサイル実験の被験体に使われたサルかもしれないと考える者もいる。

 

けれど、1948年7月のラレド付近で、アメリカ政府のテスト・ミサイルが墜落してサルが焼死したという記録はなく、「トマトマン」の写真に該当する焼け死んだパイロットの事故記録も存在しない。

 

事故のすべてをフェイクとするランドルフに対して、また別の研究者は「写真はそうかもしれないが、UFO 事故そのものは帳消しにできない。なぜなら写真が現れる前にすでに相当のデータの蓄積がある」と主張している。

 

補完するふたつの事件の謎

 

おしまいに、「ラレドUFO墜落事件」を簡単にふりかえってみよう。

まず、ある内部告発から、発生後30年目にして、ようやく事件の存在が明るみにでた。

 

つづいて、軍の元カメラマンとしか素性を明かさない人物から、研究者のひとりに、事故現場で撮影したエイリアンの写真が送られてくる。

 

この二つを皮切りに、当時を証言する者が続々とあらわれ、調査・研究が活発化してゆく。

しかし、政府および軍は沈黙を守りつづけている。

 

ここで興味深いのは、この事故が、あまりに有名なあの「ロズウェルUFO事件」のほぼ1年後に起きている点だ。

しかも、それをそっくりなぞるような形で…。

 

もしかすると、ロズウェル・ラレド両事件の間には、まだわたしたちに知らされていない、秘められた、なんらかの関係があるのではなかろうか?

そして、来たるべきある日、おそらく、二つの事件の真相は一挙に、同時に、解決する。

筆者にはそんな予感がしてならないのだが…。










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