なんでそうなる!?味噌汁に縁が深い武将 笹の才蔵=味噌汁の才蔵







戦国時代、笹の才蔵と称されてその武勇を恐れられた槍使いがいました。

その武将の名は可児才蔵

主君を生涯で7度も鞍替えしたことで有名ですが、その武将がなぜか味噌汁にとても縁が深いのです。

本記事では可児才蔵が味噌汁に縁の深いことを裏付けるエピソードを紹介していきます。

 

笹の才蔵というより味噌汁の才蔵?

可児才蔵 (学研M文庫)

戦国時代、笹の才蔵と呼ばれてその強さを恐れられたひとりの武将がいました。

その者は姓を可児、名を才蔵その人です。

笹の才蔵たる所以は、あまりに強すぎて討ち取る首が多く、持ち運ぶことができなかったため、死体の首に笹を差し込んで(口に咥えさせたとも)自身のあげた首級を証明したからです。

 

さて、その可児才蔵にまつわるエピソードを収集していると、「なぜそこで味噌汁なんだ?」、「味噌汁でそんなことが!?」と思わずツッコミを入れてしまいたくなる味噌汁にまつわるエピソードがありました。

 

主君の無念を晴らさんがため!!可児才蔵の籠城戦

 

天下分け目の関ケ原から20年後、台風による洪水と強風で広島城の石垣が音を立てて崩れてしまいました。

当時の広島城主は豊臣秀吉の甥っ子にあたる福島正則です。

福島正則は台風の被害を受けたお城の修繕を行ったのですが、江戸幕府は勝手に城を改築してはいけないという法に触れたとして罪に問いました。

そして、福島正則は江戸幕府と揉めに揉めた結果、広島50万石を没収され、信濃4万5千石に減俸と左遷を余儀なくされました。

 

福島正則は”だだ”をこねつつ、広島の地から強制的に転勤させられてしまうのですが、福島正則の仕えていた家臣の一人が江戸幕府の理不尽極まりない対応に激怒しました。

この激怒した人物こそ、我等が可児才蔵です。

 

可児才蔵は主君の無念を晴らすべく、自身直属の部下60余名を引き連れて広島城の支城にあたる矢賀の小さなお城に立て籠もり、籠城戦の構えを見せました。

江戸幕府から新たに広島城主として派遣された浅野長晟はもちろんこれを討伐するべく兵を差し向けました。

「敵は少数だ」と意気り立って攻め込んできた浅野軍に対し可児才蔵の軍は、「我等が殿の無念を知れー」と叫んで、熱々に茹で上がった味噌汁を浅野軍にぶっかけてこれを撃退しました。

 

汁かけごはんで福島正則の行く末を救う

 

ある日、福島正則のもとへ仕官希望者がやってきました。

福島正則はせっかくなので、訪問しにきたこの男を選抜した家臣とともに直々に面接をしました。

その面接を行った家臣の中には可児才蔵もいました。

 

福島正則に仕官しにやってきた男は、頭脳明晰で兵法の心得も習得している人物でした。

福島正則は採用する前提で選抜メンバーと審議してこの男を採用することにしました。

採用選考に合格したことはすぐに伝えられました。

そして、福島正則はごはんどきにニューフェイスのこの男を誘って一緒に食事をとりました。

そのとき出されたメニューはお新香+ホカホカのごはん、そして味噌汁でした。

 

みんなで仲良く始まった食事では、ニューフェイスの男を既に在籍していた武将たちが褒めちぎりました。

ニューフェイスの男はごはんに味噌汁をかけ、ごはんをかきこもうとしました。

しかし、味噌汁の量が足りなかったらしく、一度箸を置いてごはんに味噌汁を再度かけました。

 

その様子を隣に座って見ていた可児才蔵は、まるでこの世の終わりを告げる予兆でも目の当たりにしたような表情を受かべ、食事を中断しバタバタと福島正則の席へ駆け込みました。

そして「殿っ!あいつはダメです」と言い放ったのでした。

その理由がよくわからなかった福島正則は素直に「なんで?」と質問しました。

すると可児才蔵、今度は幽霊でもみたかのように「あやつ!汁を、汁を2度もかけましたぞ」と進言します。

それでもまだピンときていない福島正則は「それのなにがいけないの?」と質問しました。

 

可児才蔵は主君の質問に「一杯のごはんにどれだけ汁をかけたらおいしいのか。それすらも計れないような男が戦で敵軍を計り、適切な判断ができるとお思いですか?できないでしょう?」とさらに詰め寄ります。

それに続けて「これだけ狭いおわんの中ですら汁かけごはんを勝利に導くことができないのなら、広い戦場で何千、何百人の兵士を的確に動かして味方を勝利に導くことができるはずもありません」と進言しました。

 

ここでようやく主君の福島正則も可児才蔵が言わんとしていることの意味を悟りました。「なるほど、お前の言うことも一理ある」ということで福島正則はニューフェイスの採用を取り消しにしました。

もしも、可児才蔵がこの食事で見抜くことができなかったら、福島家は滅亡の危機に遭遇していたかもしれません。

 

まとめ

 

迫っている敵兵を味噌汁で撃退したり、優れた洞察力を発揮し、味噌汁で仕官志願者の本質を見抜いたりと可児才蔵は味噌汁に縁の深い武将であることがお分かりいただけたでしょう。

そして誠に勝手ながら私は可児才蔵に新たなふたつ名をつけたいと思います。「味噌汁の才蔵」と。










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