宣教師たちが驚愕した戦国時代の日本の文化4選







16世紀にわざわざ大陸から日本に上陸してキリスト教を布教していた宣教師は、日本の文化や風土に触れ、驚愕したといいます。

本記事では宣教師が日本にきて驚愕した日本の文化4選を紹介しましょう。

 

衆道(しゅうどう)に驚愕、毛利輝元(もうりてるもと)に失礼な言動をした宣教師

衆道(しゅうどう)とは、日本における男性同士の同性愛のことを言います。

現代ではホモセクシャルやゲイと呼びますが、我が国日本では平安時代から江戸時代末期にかけて男性同士の交際、いわゆる男色はごく当たり前のように公然と行われてきたことでした。

 

戦国武将の多くは衆道を好んでいたことでも知られています。

キリスト教において禁止されていることのひとつに「同性愛」があります。

そのため、日本にやってきた宣教師たちは公然と行われていることに対し驚きを隠せませんでした。

 

日本史では必ずテストに出てくるかの有名なフランシスコ・ザビエルは毛利輝元(もうりてるもと)配下だった大内氏(おおうちし)に近づき布教活動を許されました。

大内氏からザビエルら宣教師のことを聞いた毛利輝元は興味本位でザビエルたちに会ってみたいと言うのです。

そこで純粋無垢な宣教師ザビエルは、その探求心が仇となって危険極まりない発言をしてしまうのです。

「毛利さん…私たちの神は同性愛を禁じています。なぜ日本人は衆道をごく平然と行うのですか?」と。

それまで、にこやかに宣教師たちの聞いていた毛利輝元は急に黙り込み、目をキッとさせて睨みつけました。

 

ザビエルら宣教師たちは本能というのでしょうか?毛利輝元のあまりの形相の変貌に「ヤバい、殺される」という危機を感じたのと同時に、衆道は公然と行われているのに触れてはいけないタブーということに驚愕したと言われています。

 

宣教師たちのタンパク源 動物の肉を食べることが禁じられていた

次に宣教師たちが驚愕したのが「食肉は禁止」という日本の食文化でした。

日本はもともと縄文時代から動物を狩って肉を食べていたのですが、天智天皇(てんちてんのう)が「むやみに生き物を殺生(せっしょう:殺害すること)してはなりません」という仏教の教えのもと、肉を食べることを禁じました。

そして、食肉をしたことがバレると死罪(しざい:死刑になる罪)とされたので日本では肉を食べることが少なくなっていました。

 

宣教師はヨーロッパの出身なので、肉食文化の栄えるところの出身でした。

ヨーロッパは内陸の国も多く、魚が獲れない国々も多くあったので肉食文化が栄えていたのはそのような背景があったものと考えられます。

日本にきた宣教師たちは肉が堂々と食べられないので、こっそりと肉を食べており、仲良くなった庶民や大名たちに自国の料理を食べさせようと肉を振舞ったとされています。

肉の味をほとんど知らない日本人に好評だったようです。

 

キリスト教の禁忌 自殺(切腹)が見事と言われる社会に驚愕する

キリスト教の教えで最も犯してはいけないと言われているのが『自殺』です。

しかし、戦国時代はもっぱら武家社会です。

  • 《敵の手にかかって死ぬよりならば自分でその命を絶つ》
  • 《主君が自分の家臣や領民を守るため、自分の命を絶つことで仲間の安全を保障してもらう》

 

このような行為は武家社会を生きる日本人にとって「忠義の証」、「武士の誇り」として見事であると評価されていました。

 

先ほどのように自殺は最もやってはいけないと言われるキリスト教を崇める宣教師たちは、このような日本の社会に驚愕したと言われており、実際キリスト教に改宗した日本人に対しては「自殺は神が与えた生を自分で奪うことなので、やってはいけないことですよ」と教えました。

 

茶器の高さに驚愕、開いた口が塞がらなかった宣教師

ザビエルら宣教師たちは有力な大名と関係を結ぶために茶の湯を覚えようとしました。

これは「日本の文化に親しみを持っていますよ」というアピールと有力な大名と手を結びキリスト教を保護してもらう目的があったのですが、茶の湯で使われる茶器の高さに驚愕したらしいです。

このころヨーロッパでは植民地化に成功したジャワ地方や東南アジアで栽培される紅茶などを嗜好品としており、それに使わるティーカップやティーセットと呼ばれる食器は手に入れやすい道具でした。

ましてやヨーロッパの貴族や王族はその日の気分に合わせてティーセットを替えていたそうです。

 

このような感覚で茶器を手に入れようとした宣教師たちは一国一城の国家予算に相当する程の茶器の値段に驚きを隠せなかったといいます。

そもそもなぜ茶器の価格が高騰していたのかと言うと、織田信長に認められた人々でなければ茶の湯ができず、茶器を所持していること自体が大名のステータスとなっていたからでした。

 

そんな時代背景のなか、宣教師のルイス・フロイスは南蛮渡来の舶来品を宣伝商材として織田信長に近づくことに成功し、茶の湯を認めてもらいます。

茶器を買い与えてもらい、イエズス会は茶の湯の世界でも晴れてPR活動をすることが叶ったとされています。

 

まとめ

宣教師たちは異国の出身だったため、紹介した4つの分化に驚愕したと言われています。

現代の我々から見ても「肉を食べることは死罪」、「自殺(切腹)することが褒められる」という社会には驚愕してしまします。

現代を生きる日本人さえ当時の文化は驚愕するのですから、異国出身の宣教師が驚愕したのも無理はないでしょう。










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