2017年に生誕百年を迎えたジャズ・ピアニストの巨星、セロニアス・モンク。
モンクの生涯は”謎”が多く、また、モンクのピアノ演奏も”謎”が多いながら、ジャズ史において唯一無二の存在として今も尚、ジャズを超えて多くのアーティストに影響を与え続けています。
モンクのようなピアニストはもう二人としてこの世に現われることはないでしょう。
それ程までにセロニアス・モンクの曲作りからその即興演奏まで余りにも独特なのです。
余りに独特だったために不遇の時代を長く過ごしたセロニアス・モンクの評価が高まったのは、不幸にもモンクの死によるところが大きいとも言えます。
それではセロニアス・モンクのピアノ演奏の醍醐味は何なのでしょうか。
その点を名曲「’Round Midnight」を取り上げながら探って行きます。
セロニアス・モンクの謎多き生い立ち
セロニアス・モンクは1917年10月10日にアメリカのノースカロライナ州ロッキーマウントで生れます。
モンクが5歳の時にモンクの家族はニューヨークへと移り住みます。
モンクは大変頭がよく、数学や物理学が得意であったようです。また、運動神経も抜群によく、バスケット・ボールが得意だったようです。
数学と音楽は親和性がありますので、モンクが音楽に惹かれることになるのにそう時間はかかりませんでした。
モンクが音楽に見せられたのは、母親が買った自動演奏するピアノです。
それがきっかけでピアノを習い始め、このときに音楽理論も正式に学んだと言われています。
言われていると書いているのは、これらは伝聞でしかなく、正確なところは謎なのです。
その後、モンクは教会のオルガンを弾いたりしながら音楽の、そしてジャズの本場、ニューヨークで更に音楽にのめり込んでいったようです。
モンクは17歳の時にハイスクールを中退します。
そして福音伝道者の一員としてピアノを弾きながらアメリカ中西部を中心に2年間のツアーをします。その時にモンクは各地でジャム・セッションを繰り返しながらジャズへと傾倒していったと言われています。
セロニアス・モンク、”ビ・バップ”誕生を目の当たりにする!
ツアーを終え、ニューヨークに戻ったモンク。
時は1940年代初めで、モダンジャズの一大事件、“ビ・バップ”誕生の地として有名でジャズ史にその名を留めるハーレム地区にあるジャズ・クラブ「ミントンズ・プレイハウス」でモンクは常雇いピアニストとして活動を始めます。
そこにはスイング・ジャズのテナー・サックスで名を馳せたコールマン・ホーキンスやビ・バップの体現者の一人として余りにも有名なトランペッター、ディジー・ガレスピーなどがいました。
モンクは彼らのバックでピアノを演奏していたのです。
当然、モンクはビ・バップの影響を受けています。
しかしながらセロニアス・モンクが”孤高の人”といわれる所以は、モンクの音楽はビ・バップに収まり切らないどころか、ビ・バップをモンクなりに消化した上で発展させている為でしょう。
モンクは人知れず試行錯誤をしながら今もってモンクでしか作り得なかった余りにも独特なモンク流の世界が強烈な光を放っているのです。
これは一朝一夕に真似が出来るものではなく、現在もモンクの系統を引くジャズ・ピアニストが現われていません。
モンクが生み出した音楽は即興演奏ながらも、それは理詰めで計算され尽くした休符であったり、奇異にさえ聞こえて不協和音が混じっているのではないかと思えてしまうコード進行など独特なものです。
モンクの音楽は一聴すれば直ぐにモンクの音楽と解る独特の味わいが聴くものを捉えて放さないのです。
これまたジャズ・ピアニストの巨人、バド・パウエルにモンクは音楽理論を教えたというのは有名な話です。
しかし、バド・パウエルに影響を受けたピアニストはその後、続々と現れることになります。
バド・パウエルの演奏スタイルは、疾走感が抜群の、爆発的な熱狂の中へと聴くものを巻き込むビ・バップを代表する演奏スタイルで、バド・パウエルを目指したピアニストが続々と現れたのも自然な流れと思われます。
そうでなければ、ビ・バップが時代を席巻することはなかったのです。
しかし、セロニアス・モンクは、時代の大きなうねりにすんなりと乗ることはなく、ひたすらに自分の音楽の追究に没頭していました。
そうして誕生した名曲の数々は、今も色あせることなく、セロニアス・モンクの独創性を際立せるばかりなのです。
中でも「’Round Midnight」(1944年発表、1947年初録音)は名曲中の名曲で、曲名は知らずとも誰もが一度はCMなどで必ず耳にしたことがあるスタンダード・ナンバーです。
Thelonious Monk Piano Solo – ‘Round Midnight
名曲「’Round Midnight」の魅力とは?
ダンと柔らかく鍵盤におかれたモンクの指が落ち着きある和音を奏でた後は、そのまま余韻を楽しむようにしてその和音の余韻が残る中、軽やかに、とは言ってもモンクならではのどこかぎこちなさがあるように初めは聞こえてしまう一方で、感情に訴えかける美しいメロディが奏でられ、既にここでもうモンクの音世界にのめり込んでいる自分を発見するはずです。
この出だしは深く深呼吸をしているかのようです。
夜の帳がすっかり落ちた真夜中、2度ほど深呼吸をした後に、瞑目しながら囲碁を指すかの如く思索に沈潜してゆくような考えに考え抜かれたであろう美しくも1音1音が途轍もなく存在感がある堅牢な旋律が「’Round Midnight」では編み上げられてゆくのです。
誰もが一度は聴いたことが必ずあるに違いない夜がとても似合う旋律が奏でられ始められると、もうモンクが生み出す独創的な音世界の虜にならざるを得ないのです。
「何だ、この世界観は!」とモンクの「’Round Midnight」を聴いているとそう思いますし、また、モンクの休符の使い方は西洋的でもアフリカン・ミュージックのそれでもなく、とても東洋的な間の取り方に思えて仕方ないのです。
モンクの間の取り方がユニーク故にどこかぎこちなく聞こえるのですが、それは間の取り方、つまり、休符の使い方が慣れ親しんでいるジャズの底流にある暗黙の約束事からは逸脱していて、それがぎこちなく聞こえさせるのです。
しかし、それも初めのうちで、曲が進むうちにその何とも言いがたい間の取り方にうっとりとするのです。
それはモンクが到達した高みであり、音と真剣に向き合ってきたモンクの強みなのです。
モンクの即興演奏は、感情の赴くままというものとは真逆で、1音1音を理詰めで繰り出すために、音を奏でるには少し考える間が必要なのです。
そうして編み上げてゆく「’Round Midnight」は考え抜かれた科学の論文を読むような美しさを放っていて、しかしながら、とても夜が似合う作品です。
「’Round Midnight」はその曲の展開もピカイチなのです。
ゆったりとした、モンクの息遣いも聞こえてきそうな「’Round Midnight」のその曲調とは裏腹に、モンクが1音1音を鍵盤を叩くことで紡ぎ出す際のピンと張り詰めた緊迫感はとてもスリリングで、これぞ即興演奏の妙というべきモンクのピアノ演奏は、その発想の豊かさ故に瞠目せざるを得ないのです。
モンクの名曲は何も「’Round Midnight」ばかりではありません。
その他の名曲はまたの機会に譲ります。
まとめ
2017年に生誕100年を迎えたジャズの巨人、セロニアス・モンクの名曲「’Round Midnight」をここでは取り上げましたが、その美しさは得も言えぬほどのもので、「’Round Midnight」がジャズのスタンダード・ナンバーになっている現在、感慨ひとしおです。
セロニアス・モンクは、晩年、といっても1957年を境に公の場で演奏することをほとんどやめてしまい、その生活は謎に包まれたままです。
そのセロニアス・モンクが作り上げた名曲の数々が今もその輝きを失うことなく、燦然と輝く様は壮麗で、しかしながら、セロニアス・モンクの曲を聴くことはどうしても自己との対話をせざるを得ない深い問いかけを聴くものに必ずするのです。
セロニアス・モンクの作品を聴くときの状態は一息深々と深呼吸をしてから瞑想をするような状態といってもよく、しかし、それはとても気持ちがよいものなのです。
それ故にセロニアス・モンクの楽曲は多くの人々に愛され続けられてきたのでしょう。
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