『黒田家』呑み取りの槍、正三位『日本号』の歴史







日本号(にほんごう、ひのもとごう)は、天下三名槍の一本であり位持ちの大身槍です。

黒田家の資料として現在は福岡市博物館が所蔵していて常設展示されています。

日本号は黒田家に来るまでなかなかに波乱万丈な刃生を送ってきました。

 

元は皇室所有物だった

 

日本号は皇室所有の御物であり、正三位(しょうさんみ)という神階が付いています。

神階とは神道の神に授けられる位のことです。

正三位は『大納言』に相当する位だそうで、上級貴族の中でもかなり上の方であるとされています。

それが槍に付けられたという伝承から「槍に三位の位有り」と謳われていました。

 

刃長は79.2cm、全長321.5cm、総重量2.8kgの無銘の槍です。

熊毛製の毛鞘と黒漆塗りの柄が特徴です。

刀剣乱舞の日本号のキャラクターデザインも、この毛鞘が採用されています。

 

刀剣乱舞-ONLINE- オンラインゲーム

 

1500年代、正親町天皇から室町幕府の将軍足利義昭、織田信長から豊臣秀吉へ、秀吉から賤ヶ岳の七本槍と呼ばれた福島正則へと持ち主が変わっていきます。

日本号という名が付けられたのは秀吉の手に渡った頃だと言われています。

褒美として主から家臣へと与えられる場合が多いようですね。

福島正則から母里家に渡る際の逸話が有名な『黒田節』として伝わっていきます。

 

以後、母里家に代々伝わっていきますが、1897年頃になって10代目の甥によって持ち出されます。

愛国主義団体に活路を開いたとされる頭山満にまさかの1000円で買い取られ、頭山満は侠客に無料で譲ってしまいます。(このエピソードにはさすがに驚きました)

侠客の死後、実業家に1万円で買い取られ、その後1920年頃に黒田家に贈られたということです。

黒田家侯爵の死後、遺言によって福岡市に寄贈され、福岡市博物館に展示されることになりました。

福岡市博物館では常時『日本号』を展示しています。

福岡市博物館ホームページ

 

『黒田節』の逸話

 

面白いのは福島正則から母里友信に日本号が渡った経緯です。

福岡藩の武士たちが歌って、それが日本全国に広まったことで知られる民謡『黒田節』は典型的な七五調で『どんぐりころころ』などの旋律とぴったり合うのだそうです。

ちょっと可愛くなってしまいますね。

 

黒田節は四節あって、有名なのは一節の『酒は呑め呑め 呑むならば ひのもといちのこの槍を 呑み取る程に呑むならば これぞまことの黒田武士』という部分です。

宴会などで歌われる定番の歌で、1942年にはレコード販売もされていたのだそうです。

他にも追加で歌詞を作った人もいて、平家物語にも新たな歌詞が付け加えられています。





黒田長政が酒好きで知られている福島正則に、家臣である母里友信を使いに出しました。

母里友信も酒好きだったので、余計なことを言わないためにも酒を勧められても飲まないようにと命令しました。

友信が行くと案の定正則は酔っぱらっていました。

ちょうどいい所に酒飲み仲間が来たと正則は友信に酒を勧めます。

しかし長政に飲むなと言われていたので友信は酒を飲もうとしません。

「黒田家の奴はこれっぽっちの酒も飲めないのか」と正則は友信を挑発!

大きな杯に酒を入れて差し出し酔った勢いで「この酒を全部飲めば、何でも褒美をやろう」と言いました。

酒に強かった友信は、意を決してその酒を飲み干しました。

そして、友信は正則が豊臣秀吉から貰った自慢の槍である日本号を手に入れたのです。

翌日、酒が抜けて真っ青になった福島正則は慌てて黒田家に使いを出して日本号を返してくれと頼みこんだそうですが、友信は当然断りました。

朝鮮出兵の時に友信は日本号を持って出陣し、武功を立てました。

 

2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』ではこの逸話のシーンが見られたそうです。

お酒は怖いですね、秀吉から貰った宝物を手放すことになるなんて…

 

 

大身槍として究極の存在

 

日本号は「槍に三位の位あり」と言われた伝承、刃中央に彫られた倶利伽羅龍の美しさと、その完成度の高さから「大身槍」の中では究極の存在として高く評価されています。

槍を作る刀匠の間では、一生に一度は日本号の写しに挑戦するといわれています。

そのことから、日本号の写しは全国的に多く存在しています。

 

広島県広島市にある広島城天守閣に日本号の写しが常設展示されていて、東京都墨田区の刀剣博物館にある写しが現在は最高傑作と言われているそうです。

大阪市中央区の大阪歴史博物館が所蔵する写しもなかなかに傑作なものだと話題になっています。

 

黒田家の刀剣

 

黒田家には国宝や重要美術品などに指定されている貴重な刀剣が複数あります。

福岡市博物館にて黒田家資料として名刀展で展示されていました。

 

国宝『太刀:日光一文字』

1590年頃、黒田如水が北条氏直から受け取った太刀です。

豊臣秀吉と和解できたお礼の品だそうです。元々は日光権現社という栃木県日光市にある神社にあったものでした。

 

国宝『打刀:へし切長谷部』

織田信長が、粗相をした茶坊主を隠れた棚ごと圧し切ったことが名前の由来になっている、刀剣乱舞でもお馴染みの打刀です。

信長が中国攻めに出た時、協力した黒田如水にお礼として贈ったと言われています。

 

重要美術品『打刀:二字国俊』

京都の刀工『国俊』の作で、黒田長政が愛用した刀です。

茎の部分に『黒田甲斐守(くろだかいのかみ)所持之』と銘が彫られています。

 

重要文化財『打刀:安宅切』(あたかぎり)

刀派は備前長船、祐定の作です。

黒田如水が安宅氏を切ったのでこの名になりました。

 

刀剣に付けられた名前は、何かを切った記念だったり、こんなものまで切ることができると主張するようなものが多いですね。

昔の人は持ち物に名前を付けて大切にしていたのだと思いますが、なかなかストレートな名前で面白いです。

 

まとめ

 

たくさんの人の元を渡り歩いてきた日本号ですが、目利きというのは大切ですね。

見る目が無いせいで、とんでもない宝をタダで譲ることになったりしています。

素晴らしい経歴と完成度の高い作りとはいえ国宝に指定されているというわけではないので、公開日数60日以内の制限を受けることなく見に行くことが出来ます。

 

福岡市博物館の『黒田家名宝展示』では、2018年1月5日から2月4日までの期間限定で日本号とへし切長谷部がまた合わせて公開される予定になっています。

へし切長谷部は国宝なので期間限定なんですね。

黒田家の歴史に触れたうえで見に行くと、また違った見え方がして面白いかもしれません。

刀剣乱舞-ONLINE- オンラインゲーム











<script>

よろしければシェアお願いします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です