戦国一の美女と言われる織田信長の妹!お市の方の叔母としての一面







戦国一の美女として有名なお市の方は天下統一の礎を築く織田信長の末妹にあたる女性です。

彼女の一般的なイメージはおしとやかで妖艶な女性ですが、彼女を叔母に持つ織田信長の息子や娘から見たらどのような叔母さんだったのでしょう。

 

お市の方のイメージと実像のギャップがありすぎる

肖像画も残されているお市の方は色白で面長な女性で、当時の典型的な美女であることがわかります。

後世に伝わる彼女のイメージもおしとやかで妖艶な色香を放つ女性として、たくさんの漫画やゲーム、アニメに登場します。

 

ところが、お市の方がおしとやかになったのは茶々やお初、お江など浅井三姉妹を出産してからで、嫁入り前はかなりのお転婆娘だったそうです。

兄である織田信長が「いつになれば嫁の貰い手がつくのか…」と頭を抱えるほどやんちゃなお姫様でした。

さらに、兄の織田信長によく似たのか男顔負けの負けん気と気性の激しさを内に秘めた女性でもあったそうです。

 

信長の長男 信忠とは10歳ほどしか変わらない

 

織田信長とお市の方は年齢が10歳以上離れていたと伝えられていますが、織田信長が長男の信忠を授かるのが22歳、信忠の生母の乃が28歳のときなので、お市の方と信忠は10歳ほどしか年齢差がないことになります。

叔母と甥の間柄と言えど、その実は年の離れた姉と弟のようなものでした。

織田信長には一歳年下の叔母(祖父が側室に産ませた娘)がいたそうなので、当時はそれが当たり前だったようです。

 

弟や妹が欲しかったお市の方

 

お市の方は信長の父織田信秀の末娘にあたります。

一人っ子や末っ子であれば誰しもが夢見たであろう、弟か妹をお市の方も欲しがったそうです。

話は変わりますが高度経済成長期を迎えるまでの日本は一家総出で子育てを行うのが一般的で、女性は弟や妹、兄や姉の子の面倒を見て将来子育てをするための予行練習をするのが当たり前でした。

 

そのため、女性にとって弟や妹がいるのは子育ての練習する機会を得られるメリットがありました。

 

そのような教育は戦国時代の織田家も同じだったようで、お市の方も浅井長政に嫁ぐまでは甥っ子や姪っ子の面倒をみて可愛がっていたようです。

そして最初にお話した欲しかった理想の弟や妹が生まれたらこうしようという願望を甥や姪に容赦なくぶつけることになります。

 

お市の方の標的になりやすかった信忠

 

織田信長の長男『信忠』がようやく物心がつき始めた頃、まだ妹の徳姫は赤ちゃんで信忠は家臣や叔父、叔母と遊んでいました。

しかし、みんな仕事をしながらのことだったので、忙しいときは構ってあげることができませんでした。

あまりに寂しそうにしている息子の姿を不憫に思った信長は、京都へ出張した際にコマを購入して与えました。

コマをもらった信忠はたいそう喜んだのですが、なにぶん幼かったので、コマをなかなか上手く回すことができません。

そしてそれが、叔母であるお市の方の標的となろうとは誰も知る由がありませんでした。

 

お姫様だったお市の方は仕事をしなくてもよいので、毎日退屈で仕方がありません。

そんなときに一生懸命に下手なコマ回しをする甥の信忠が目についてしまったので、ちょっかいを出さずにはいられません。

信忠がうまくコマを回せたときに限って脱兎のごとく駆けてきては、回っているコマを足や手で止めるといういたずらを何度も繰り返しました。

このエピソードはかつて1992年に放送されたNHK大河ドラマ 信長-KING OF ZIPANG-でも取り上げられているので、もしかしたら既にご存知の方もいらっしゃるかと思います。

 

妖怪脚長おばさん

 

故人となったお姫様に大変失礼なあだ名をつけますが、当時はまだ幼かった信忠や徳姫の気持ちを代弁するためにあえて失礼な物言いをします。

お市の方は身長が約172センチと当時の女性にしてはかなりの高身長で、兄の信長と同じように手足が長く、面長でモデル体型だったそうです。

しかし、嫁入り前の彼女は着物の裾がはだけてもお構いなしに走りまわるお転婆娘でした。

そして、信長の長女徳姫がようやく走れるようになったとき、叔母の怖さを思い知ることになります。

 

鬼ごっこは誰しもが遊んだことのあるとても有名な遊びだと思います。

おもちゃがあまりないこの時代の子供たちも鬼ごっこをして遊ぶのが一般的でした。

徳姫がようやく走れるようになると遊び相手が増えた信忠は喜びました。

鬼ごっこをしても叔母(お市の方)という巨大な壁に勝つことができなかったからです。

 

それを知らない徳姫は兄と一緒に鬼ごっこをしていると、これまた暇を持て余したお市の方が参加してきました。

まだヨチヨチ走りな甥と姪を本気で追いかけ回すお市の方。

女性はすり足をするように小走りするべきなのですが、お市の方は裾をはだけさせて足音を響かせながら追いかけます。

逃げる信忠と徳姫にはどう映ったのでしょうか?

大人の腰くらいまでしか背丈のない子供が、裾をはだけさせて追いかけてくる高身長な女性をみたらきっと恐ろしかったはずです。

 

お市の方は勉強の監督をするという名目で・・・

 

武家の男子は読み書き、算術、兵法、武術などを必ず習わなくてはなりませんでした。

それは織田家も同様で、ある程度成長すると信忠は勉強を強制されるようになります。

甥の信忠を弟のように可愛がっていたお市の方にとって、信忠が勉強をする年ごろになると暇な時間が増えることになります。

そのため、彼女がとった行動が「勉強の監督をする」という名目で、信忠の部屋に遊びに行くことでした。

 

しかし、信忠は利発な子でお市の方の「遊ぼう」という甘い誘いに断固として乗らない頑固さを持っていました。

遊びを断られたお市の方が信忠以外の兄弟のところへ遊びに行ったことが兄の織田信長にバレると、信長からは叱られていました。

この時お市の方は「私が勉強を教えて差し上げたのです。兄上に怒られる理由がわかりません。」と意地を張り続けたと言われています。

 

まとめ

 

いかがでしたか?

戦国一の美女『お市の方』と言えど、甥や姪が可愛くて仕方ない若い叔母さんとほとんど変わりませんね?

私も17歳のときに姪が生まれたので、自分の子供とも兄弟とも言えない甥や姪の可愛さがよくわかります。

もし彼女が私の友人や同僚であったのなら、最近すっかりませてきた姪への接し方をぜひとも相談したいものです。










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