平安時代に活躍した陰陽師とはどのような仕事だったのか?







平安時代の人々は、雷、洪水などの天災伝染病風邪などの病気といった目には見えない脅威に毎日怯えながら過ごしていました。

それは当時摂政・関白を歴任した藤原氏や天皇でさえも同じことです。

 

そのような脅威に唯一立ち向かうことのできる仕事に就いていたのがかの有名な安倍晴明(あべのせいめい)を始めとする陰陽道(おんみょうどう)のスペシャリスト、陰陽師(おんみょうじ)です。

 

この記事では平安時代に活躍した陰陽師について、誕生から、実際にどのような仕事をしていたのか等について解説していきます。

 

陰陽師の始まり

安倍晴明

陰陽師の歴史は古く、そのはじまりは聖徳太子(しょうとくたいし)が推古天皇(すいこてんのう)のもとで敏腕を振るっていた飛鳥時代にさかのぼります。

 

当時聖徳太子は隋の皇帝だった煬帝(ようだい)になんとかとして日本の国家水準を隋に近づけて国家として認めてもらえるように日々中国の文化や学問を研究しているときでした。

聖徳太子はその研究を通して道教という宗教を知り、陰陽説、五行説、五行相殺説などの思想を学びました。

そして、さらに占いや祈祷、儀式にいたるまでを修学します。

聖徳太子は以上のような学問を陰陽道と呼称することにし、朝廷内の有能な官吏に陰陽道を研究させ、占いや儀式、祈祷などを実施する役目を与えました。

そしてこれらの役目を担う官吏のことを陰陽師と定め、陰陽師たちの職場となる陰陽寮(おんみょうりょう)を朝廷内に設置させました。

 

意外かも知れませんが、陰陽寮は明治維新政府が公式に「陰陽師はもう不要だろう」と廃止されるまで存続しました。

 

陰陽師は医者?

陰陽師 (3) (Jets comics)

陰陽師の仕事のひとつに病気の治療がありました。

治療と言われると誰しもが薬を処方したり、手術で悪いところを除去するお医者さんの姿を想像します。

 

陰陽師は呪文を唱えながら妖怪退治をしているようなイメージをお持ちだと思いますが、そんな陰陽師が治療を行っていたということにピンと来ない方も多くいるでしょう。

ご想像の通り、陰陽師が行った治療とは、ズバリ祈祷や護摩行などのお祓いの類です。

実際に天皇や貴族が風邪を引いた場合は、以下のような手順で治療を行いました。

 

  1. 薬湯(葛根湯:かっこんとう)を飲む
  2. 1で治癒しなければ、頭から水をかぶる
  3. 2で治癒しなければ、陰陽師に祈祷かお祓いをしてもらう

 

葛根湯を飲むというのは、今でも処方されている療法です。

風邪をひいているときに水をかぶるのは逆効果な気がするのですが、意外にも治ることが多かったそうです。

しかし、やはり最終手段は古代人のお得意なお祈りだったのです。

 

陰陽師は天文学者?カレンダー編集長?

陰陽師 (1) (Jets comics)

陰陽師の仕事は占いや祈祷だけにとどまりません。

陰陽師は占星術を使って占いをしましたが、星を読んで暦(こよみ)を作ったり気象の予報もしていました。

 

陰陽師の中で一番の有名人だと思われる安倍晴明(あべのせいめい)は陰陽道の中の天文の分野を極めた陰陽師です。

安倍晴明は48歳のときに天皇から天文博士という役職に任じられ、天皇に政治のアドバイスをしたり、人材育成に努めました。

安倍晴明を祖とする土御門(つちみかど)家は、天文分野の名門となり、安倍晴明の孫の代になると安倍晴明に陰陽道を教えた賀茂氏を抑えて陰陽師のトップである陰陽頭(おんみょうのかみ)を歴任しました。

 

陰陽師は風水師?

 

方角や水脈、地脈など、ありとあらゆる地理の知識と色のもたらす効果などから吉兆を占ったり、運気を回復させるのが風水です。

風水は道教の占い方法なので、それから派生した陰陽師の仕事にも風水がありました。

 

風水は都の遷都、建築物を建てる位置や間取り、都市開発・整備時などに活用され陰陽師の能力が必要とされました。

この分野で名門となったのが安倍晴明に陰陽道を教えた賀茂忠行を祖とする賀茂氏です。

ちなみに賀茂氏は修験道の開祖である役小角(えんのおづね)と縁があるらしく、修験道には陰陽道の一部が取り込まれています。

 

陰陽師の本業?悪霊退治!退魔調伏

 

これが皆さまがイメージする陰陽師の本職ではないでしょうか?悪霊退治です!

陰陽師たちが妖怪や悪霊、鬼を退治、成仏させることを退魔、妖怪や鬼を説得して屈服させることを調伏と言いました。

調伏に成功した妖怪や鬼は式神として使役させることができるようになったとされています。

 

陰陽師の仕事は早朝がピーク「夢占いと夢違え」

 

陰陽師は拘束時間が非常に長い仕事です。

その忙しさのピークは毎朝訪れます。

さて、それでは突然ですが、陰陽師の仕事はなぜ早朝がいちばん忙しかったのでしょうか?

答えはズバリ「夢占いと夢違え」があったからです。

 

『夢占い』というのは夜に見た夢が“よい夢”なのか、“悪い夢”なのかを占ってもらうことです。

ようするに「陰陽師さん、夕べこんな感じの夢見たんだけどこれって危なくない?」と質問しに行くことです。

 

『夢違え』というのは、夕べ見た怖い夢が正夢(予知夢)にならないようにお祈りをしてもらったり、夢占いの結果“悪い夢”と判定された場合等におまじないや祈祷をしてもらうことです。

 

まとめ

 

陰陽師の仕事について紹介しました。

陰陽師の仕事とは以下のようなものでした。

  • 病気の治療
  • 祈祷
  • 儀式
  • 占い
  • 天文学者
  • 気象予報士
  • 風水師
  • 暦の作成
  • 悪霊退治!退魔調伏
  • 夢占いと夢違え

 

こう見てみると陰陽師は病気の治療から風水などの占い、そして天気予報や歴の作成まで、幅広い仕事をしていたようですね。

科学が発達していなかった当時はこのような祈祷や儀式で解決できることが多くあると信じられていたのです。












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