大奥が作られた理由は徳川家光の女性恐怖症を克服させるためだった!?







大奥とは江戸幕府将軍の正妻や側妻、子女とその世話をする女中の居住した場所のことです。

平成の世になって「大奥」を題材としたドラマや映画、漫画が出たことによって世間一般に広く知られるようになりました。

 

しかし、そのドラマや映画のストーリーには大奥が作られた本当の理由は描かれていません。

実は大奥が作られた理由は徳川家光(とくがわいえみつ)「女性恐怖症」を克服させるためだったのです。

 

徳川家光の女性恐怖症

徳川家光

「余(よ)は生まれながらの将軍である」

と言って、伊達政宗(だてまさむね)などの戦国期ではブイブイ言わせていた全国の諸大名を前にして就任早々啖呵を切った3代将軍徳川家光

 

そんな家光にはひとつだけ恐れていたものがあります。

それは…女性です。

徳川家光は女性が苦手であり、女性恐怖症だったのです。

 

なぜ徳川家光は女性恐怖症に?

春日局

武士の頂点たる将軍が女性恐怖症とはおかしな話ですが、家光が女性恐怖症となった理由を知ればきっと納得できるでしょう。

一般的に男性が女性恐怖症となってしまう要因は対女性とのコミュニケーション時の失敗や恐怖がトラウマとなってしまうことで引き起こされると言われています。

家光の場合は後者の方。

そして諸悪の根源となる女性が家光自身の乳母である春日局(かすがのつぼね)でした。

 

家光は祖父の徳川家康(とくがわいえやす)が江戸幕府を開いた後に生まれました。

そのため、祖父や父とは違い、なんの苦労もなく生まれただけで将軍となることがほぼ確定していました。

しかし、幼い頃の家光は病弱で内向的な少年でした。

それに対し弟は活発で社交的な性格だったため、家臣たちの間では「弟の方が将軍にふさわしい」とささやかれていました。

その状況を見過ごすわけにはいかない春日局は心を鬼にして家光を立派な将軍に育てようと決意します。

 

春日局は家光に読み、書き、算術、兵法、詩歌などありとあらゆる学問をスパルタ教育で叩きこみました。

さらにそれだけでなく、馬術、弓術、剣術などの武芸もスパルタ教育します。

 

記録によると、春日局は当時7歳の家光を相手に本気で木刀を振り、力負けして倒れた家光に向って

「女子(おなご)に負けるとは情けない。未来の将軍が弱くてはみなに笑われますぞ」

と怒号を飛ばし、家光が一本取れるまで剣の稽古は続いたとあります。

 

以上のようなスパルタ教育を受けた家光少年はやがて「女の人怖い…」と思うようになり、女性恐怖症の扉を開いてしまいます。

 

家光は女性恐怖症なうえに男色家

 

春日局の厳しい教育の甲斐もあり、家光はたくましい武士へと成長しました。

しかし、女性恐怖症は克服できず、家光の愛情は若くてイケメンな男子へと注がれるようになります。

それではまずいということで、春日局と近臣たちは家光を結婚させようと話し合いを行いました。

 

結婚しても女性恐怖症を克服できず

 

家光が20歳になると、春日局と近臣たちの会議により結婚相手が決まります。

家光の正妻となった女性は鷹司孝子(たかつかさたかこ)という女性です。

家光よりも2歳年上で気品高く、しっかり者の姐さん女房。

将軍の妻として非の打ち所がない孝子だったのですが、孝子は家光が苦手としていた典型例の女性でした。

 

孝子は正妻という立場上、世継ぎを生まなければならないので恥を忍んで家光に子作りを迫るのですが、家光はその度に逃げ出してしまいます。

さらにそれどころか、孝子に顔を合わせず男性の恋人と毎晩共にするという有様。

結婚から2年、もともとプライドが高かった孝子は自分に興味を示さない夫家光に愛想を尽かして別居してしまいました。

 

第1次大奥作戦失敗

「結婚すれば女性恐怖症を克服できるだろう」という春日局と近臣たちの思惑は外れてしまいます。

「これでは世継ぎができないではないか!」ということで、春日局はある作戦を思いつきます。

名付けて第1次大奥作戦です。

 

徳川家康存命中から大奥はあったのですが、それはあくまで将軍とその家族の生活スペースという意味でした。

春日局は大奥の制度を整備して将軍の正妻と側妻、子女だけが居住する場と新たに定義して家光だけのハーレムを作りました。

当初の大奥では大名家や公家から美女で家柄のよい娘を30名迎えました。

「いくら女性恐怖症だとしてもこれだけ多くの美女に囲まれたら嫌でも手が出るだろう」と期待を込めて春日局は家光を見守りました。

ところが家光は30名の美女に囲まれてもなお女性に興味を示さず、春日局をガッカリさせたのでした。

 

家光ついに女性恐怖症を克服

 

家光を女性恐怖症に陥れたのが女性なら、それを克服させたのも女性でした。

家光に女性恐怖症を克服させた人物はお振(おふり)という方です。

 

お振さんは春日局の実の姪で、春日局が養女にとって大奥に入れました。

その後お振さんは大奥にて春日局の手先となり、家光の女性恐怖症克服作戦を実行することになります。

お振さんの考えた作戦は名付けて「男装作戦」です。

 

作戦当日お振さんはマゲを結い、男物の着物と袴を着用して家光の寝室に現れました。

胸にはさらしを巻いて手の込んだ男装です。

宝塚歌劇団の男役の女性もそうですが、男装した女性って綺麗でかっこいいですよね?

家光も「これならよい」と受け入れました。

しかし、いざ床入りをして裸にすると、やはり男女の違いは一目瞭然です。

初めて見る女性の裸を前にした家光は情けなくも狼狽してしまいました。

お振さんは家光を優しく抱きしめると家光は「あれ?女の人全然怖くないぞ、むしろ安心する」と気づき、女性恐怖症を克服しました。

これがキッカケで家光はお振さんを寵愛することになります。

そして約1年後に第一子を授かりました。家光はその後6人の女性との間に子供をもうけました。

 

まとめ

 

大奥が作られた本当の理由は3代将軍徳川家光の女性恐怖症を克服させるためでした。

当初の大奥は失敗に終わりましたが、乳母の春日局と側妻のお振さんのお陰で家光は女性恐怖症を乗り越えたのでした。










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