文字のない絵本には、何か独特の雰囲気が漂っていると思いませんか?
自分の心のなかに、物語が直接注ぎ込まれてくるような、不思議な感覚……。
文字がないからこそ、その絵本のストーリーは無限の広がりを持ちます。
つまり、文字がない絵本の楽しみ方、楽しさは自分の想像力次第だということです。
今回は、想像力や考察力を養うのにもピッタリな「文字のない絵本」を5冊厳選しました。
隅々までじっくり観察して、自分だけのストーリーを生み出してみてください。
『やこうれっしゃ』 西村 繁男 (著)
始まりは、駅の改札口。
年の暮れでしょうか。さまざまな人々が、さまざまな荷物を抱えて夜行列車へと乗り込んでいきます。
列車の中での過ごし方も、これまた人それぞれ。
お弁当を食べる人、トランプをする人、タバコを吸う人、早々と寝だす人……。
発車のベルや列車の走る音、ガヤガヤとした賑わいが聞こえてくるかのようです。
上野から金沢へと向かう夜行列車の様子が、ページをめくるたびに、見開きいっぱいに描かれていきます。
初版は1983年。駅に自動改札機など、もちろん無い時代です。
きっぷを切る駅員さん、「ねんねこはんてん」や風呂敷、ホームの売店など、この絵本には、昭和のノスタルジーが、たっぷりと描きこまれています。
たくさんの人々が登場するので、特定の人物を追いかけるようにしてページをめくっていくのも面白いでしょう。
昭和を知る人は、自分自身のいろんな思い出が、懐かしくよみがえってくるかもしれません。
『たまご』 ガブリエル・バンサン (著)
塵のように小さな一人の人間と、巨大な卵。
その対面シーンから、この物語は、劇的に幕を開けます。
巨大な卵の出現に、人々は最初、じっと好奇の目を注ぎ、
そして、自らの発展と欲望のままに、これを利用していくのです。
ところが、卵の産みの親である「巨鳥」が現れ、事態は一変していきます……。
著者は、デッサン絵本で有名なガブリエル・バンサン。
なんとも人間らしい、身勝手な姿が、木炭の濃淡をもって見事に描き出されています。
「巨大な卵」と「巨鳥」が、いったい何を象徴しているのか。この物語から何を読み取るか。
それは、人それぞれの解釈に委ねられるところです。
自分本位な人間の欲深さほど、恐ろしいものはないかもしれません。
どんなに多くの武器を用い、崇高な宗教を掲げようとも、己の生み出した恐怖からは決して逃れられない……。
そんな気がしてきます。
『おはなをあげる』 ジョナルノ・ローソン (作)、 シドニー・スミス (絵)
家までの帰り道。
小さな女の子が、お父さんと手をつないで歩いています。
お父さんは、携帯電話の通話に夢中。
女の子は、まわりをキョロキョロ……。
コンクリートの隙間や道端に、小さな花が咲いていないか、探しているのです。
女の子は見つけた花を摘みとって集め、そして今度はその花を、こっそり「誰か」にプレゼントしていきます。
もらった相手は、皆、そのことに気がついていません。
でも、それでいいのです。女の子が欲しいのは、「感謝」ではないのだから。
女の子が花を誰かにあげるたびに、モノトーンの世界が、ほんのりと色づいていきます。女の子のささやかな「願い」が、世界に温かな色を添えていくかのように……。
モノトーンの絵のなかで、赤いフードの服が印象的です。女の子が感じている「自分だけの世界観」といったものを象徴しているようにも思えます。まるでスポットライトでも当たっているかのようです。
道端に咲く花は、静かに咲き、そして散っていきます。たとえ誰にも気づかれなくても。
それはとても健気で、力強い美しさです。
女の子はもしかしたら、大人よりも遥かに純粋に、そのことを知っているのかもしれません。
『セクター7』 デイヴィッド・ウィーズナー (著)
場所はニューヨーク。
冬のある日、少年が課外授業でエンパイヤ・ステートビルを訪れます。
展望台に上りますが、あいにくの曇り空。まわりはほとんど見えません。
少年が白い視界のなかを歩いていると、なんともびっくり! 小さな雲の子がいるではありませんか。
雲の子は、まるで自己紹介でもするかのように、雲で帽子を作ってみせたり、雲マフラーを巻いてあげたり、少年に特技を披露していきます。
そうしているうちに、空が晴れてきました。雲の子は、もうここにはいられません。
少年は雲に乗って、一緒についていくことにします。
たどりついたのが、「セクター7」です。そこで少年が見たものとは……?
表紙に描かれている建物に、「CLOUD DISPATCH CENTER」と表記があります。
直訳すると、「雲の派遣センター」といったところでしょうか。
たくさんの雲たちが、なんとも個性豊かに、生き生きとした表情で描かれています。互いの会話が聞こえてくるかのようです。
緻密でリアルな描写。豊かな表現力があってこそのファンタジーといえるでしょう。
空に浮かぶ、ふわふわの白い雲に乗れたらなぁ……と、きっと誰もが一度は思ったことがあるはず。
空が好きな人にはたまらない、壮大なワクワク感を楽しめる1冊です。
『聖なる夜に ―A SMALL MIRACLE』 ピーター・コリントン (著)
今日はクリスマス・イブ。
けれど貧しいおばあさんには、もうお金がありません。
アコーディオンを抱え、街角で演奏しますが、誰からも見向きもされません。
おばあさんはとうとう、ずっと大切にしてきたアコーディオンを質屋に入れます。
ところが、身を切る思いで手にしたお金は、突然現れたバイクの男にひったくられてしまうのです。
おばあさんはこの先、どうなってしまうのでしょうか……。
物語前半にかけて、おばあさんは、あまりにも酷い仕打ちを受けます。胸が苦しくなるほどです。
けれど、「聖なる夜」は、奇跡が起きる特別な夜。
徐々に物語は、ユニークで温かなストーリーへと変貌していきます。
絵が非常に緻密でリアルなので、シュールさが増し、後半はちょっとコミカルにすら思えてしまうかもしれません。
表紙に描かれている通り、キリスト降誕シーンの人形たちが物語のキーポイントになります。キリスト誕生や聖人についての知識があったほうが、この絵本を味わい深く楽しむことができるでしょう。
【まとめ】
各々がそれぞれに解釈し、想像して楽しめるのが、「文字のない絵本」の大きな魅力です。
言葉だけでなく、音や匂い、温度、手触りなど、感覚を最大限に研ぎ澄ませながら、想像することの楽しみを再確認してみてはいかがでしょうか。
そうすればきっと、絵本を眺めるたびに、新しい発見があるはずです。
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