パイニー・ウッズUFO放射線被曝事件







およそ40年前の身も凍る未解決事件。

1980年冬、テキサス州をドライブ中の市民3人が浮遊するダイヤモンド型の光体に遭遇。

かれらはその後、吐き気や嘔吐など放射線中毒を発症した。

軍の極秘プロジェクトか、それともUFOか?

 

見えないUFO 強烈な光との遭遇

その奇妙な目撃事件が起きたのは、1980年12月29日夜のことだった。

場所はテキサス州ハフマン近郊。


この事件は3人の証人の人生を決定的に変えてしまった。

 

宇宙基地で知られるヒューストンの北方、テキサス州東部には広大な松林(ペイニー・ウッズ)が広がっている。

その南端をドライブする3人連れがいた。

 

ハンドルを握っていたベティー・キャッシュと、その年長の友人ヴィッキー・ランドラム、そして7歳になる彼女の孫のコルビー少年だった。

 

突如かれらは、40メートルほど先の黒々とした木々の真上に現れた強烈な光体に気がついた。

それは地面に赤とオレンジ色の光を投げかけていた。

 

ベティーは驚いてブレーキを踏み、ヴィッキーとともに様子をうかがおうと外に出た。

すぐに二人はあたりをとりまく激しい熱気に気づいた。まるで顔が燃えるように感じられた。

 

とんでもなく明るい何かが道を照らしていた。

だが、せっかく外に出たものの、二人のおとなは、光があまりに強いため、それが何であるかはもちろん、その形さえ語れなかった。

 

車に戻ったヴィッキーは体を安定させようとダッシュボードに手をおいた。

すると、グニャリとした柔らかい感触があり、そこに手形がついたという。

 

炎と熱を吹きながらUFOはゆっくりと上昇していった。

すると突然、どこからともなく軍のヘリコプターが多数現れて、奇妙な光をとり囲んだ。

 

証人たちはこの光景を移動中の車内から見ていた。

別の離れた場所から同じシーンを目撃したドライバーもいた。

さらにまた、テキサス州と周辺の州では、事件の前後に、同じUFOとみられる複数の報告があった。

 

やがて、浮遊する光とヘリは3人の視界から姿を消した。

と、ここまでならありふれたUFO目撃事件だが、物語の後半はきっと読者の背筋をゾクリとさせるにちがいない。

 

催眠術が暴いた真実

 

それからしばらくして、ヴィッキー・ランドラムは、テレビ番組「信じられますか!」(「That’s Incredible!」)に出演した。

目撃時の体験を語るためだったが、局の提案でR・ レオ・スプリンクル博士が彼女に催眠術をほどこすことになった。

無意識下にひめられた事件の記憶を引き出すためだった。

 

すると、2つの新事実が明らかになった。

一つは「液体の香り」で、もう一つは「青い光」だった。

香りはヘリコプターの燃料に由来するものと、そして光はUFOが発したものと考えられた。

 

「その何かは明確な形を持っていませんでした。ただ非常に明るい光を投げかけていました。…思い出しました。それはダイヤモンドの形でした。鈍いメタリック色で、給水塔ほどの高さがありました。…小さな青色のライトが中央を旋回していました。神秘的な青い光でした。そして空中に浮いていたのです」

 

さらにこうも述べている。

「ダイヤモンドの底からは赤橙色の炎が断続的に噴出していました」

 

一方、車内からフロントガラス越しに物体を見ていたコルビー少年ははじめからこの物体が完全にダイヤモンド型だったと供述していた。

 

UFO画家・クリス登場

さて、ここに、この事件の解明に並々ならぬ関心をいだく、ひとりの画家が登場する。

クリス・ランブライト─。

彼は公式報告書と証人の証言から事件の再現画を描くことに情熱を感じるまれな人間だ。

 

クリスはヴィッキーを訪ねて、報告書に基づいて途中まで描いた未完成の絵を彼女に見せた。

これが触媒となって、催眠術にかかったときと同様、彼女のひめられた記憶がめざめた。

 

これを受けて、クリスは試行錯誤の末に、3人の証言を矛盾なくとり入れた絵を描き上げることに成功した。

 

なぜ3人は放射線中毒に?

事件の第二幕がはじまるのは、ここからだ。

ヴィッキー、コルビー、ベティの3人は、夜半のドライヴ・ウェイでの不思議な遭遇の後、自分たちが放射線を被曝していることに気づかされるのだ。
第二次世界大戦後のアメリカに発し、その後世界の津々浦々から報告されてきた膨大なUFO事件─。

けれど、その中でも、この「ペニー・ウッズUFO事件」あるいは「キャッシー=ランドラムUFO事件」は、目撃者が放射線を被曝という点で俄然、注目される。

 

帰宅後、かれらの体にさまざまな異変が生じた。

とりわけキャッシーの症状が最も重く、彼女は皮膚に水疱ができ、頭痛と吐き気と下痢に悩まされた上、髪の毛が抜け落ちた。

目も真っ赤に充血した。

 

1月3日には歩行困難となり、半ば意識を失った状態でヒューストンの病院に搬送された。

ヴィッキーとコルビーにも同じ症状が現れたが、それほど重度ではなかったという。

 

それは今なお、未解決なまま…

事件から11年後の1991年9月、キャッシュの主治医のブライアン・マッククレランド博士は『ヒューストン・ポスト』紙の中で、彼女の病状を「「ヒロシマの爆心地から5~8キロメートル」の地点で放射線を被曝した典型的な中毒に相当する」と語っている。

 

遭遇事件後、3人は訴訟を起こし、裁判所を通して政府当局に回答と救済を求めた。

けれど、現場で目撃されたヘリコプターが双発ローターのボーイングCH-47チヌーク─陸軍と海兵隊が使用している─であると特定されたにもかかわらず、両軍はともに当日のヘリの運用を否定した。

 

また裁判所側に真相究明の努力が稀薄だったことから、当局によるなんらかの情報操作の可能性がささやかれた。

 

テキサス州南東部の一面の松林にひょっこり現れた、この人騒がせなUFOの正体は何だったのだろう?

原子力エネルギーを駆動源とするUFOが漏洩事故を起こし、それを軍が捕獲しようとしたものなのか。

それとも軍の原子力秘密兵器の実験が民間人に露見し、彼らの健康に深刻な影響を与えてしまったのだろうか?

 

真相はいまなお不明だが、目撃者の健康問題は現在でもつづいているという。










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