オーパーツ!コスタリカの謎の石球群とは?その真実は?







オーパーツか、それとも失われた古代文明の遺産か?

今からおよそ80年前、中央アメリカの密林で見つかった

300個を超える石製の完全な球体の謎。

 

それはジャングルの奥で見つかった

南北アメリカを結ぶ、まるでヘソの緒を思わせる細長い地峡部─ここ中央アメリカ南部の小国・コスタリカで、20世紀の考古学上、最も不思議な発見があった。

ディキス川のデルタ地帯に広がるジャングルから姿を現した石球の群れがそれだ。

 

1930年代はじめのこと、ジャングルに道を開こうと悪戦苦闘していた労働者たちが、そこになんとも奇妙なものを見つけた。

かれらはバナナのプランテーションの用地をつくろうと、草木をナタで切り払い、森の一部に火をつけながら密林を進んでいた。

と、突然、信じられない物体が草の中から顔を出した。

それは完全に球形をした石の球で、ほとんどが硬い火成岩である花崗岩からできていた。

明らかに人間の手で加工されたものだが、一つ一つの位置が離れていたため、なにか意図があって設置されたようには見えなかった。

 

これが今日、「Stone spheres of Costa Ric」と呼ばれる石の球体で、現在までに200~300個以上が見つかったと言われている。

ちなみに、スペイン語の名称は「ラス・ボラス・グランデス(大きな玉)」。

 

この石球を含む考古遺跡4ヵ所は「ディキスの石球のある先コロンブス期首長制集落群」として2014年にユネスコの世界遺産リストに登録されている。

 

球体のさまざまな大きさ

ひとをとまどわせるのが、この球の大きさだ。

直径ほんの数センチメートルのものや、テニスボール大のものがあるかと思えば、なかには直径2メートルにして重さ16トンを超える巨大なものまで実にバラエティーに富んでいるのだ。

これは一体なにを意味するのだろう?

 

とうてい自然現象とは思えない、密林に散らばる石の球だが、いつ・だれが・どのような目的で、またどうやって作ったか、さらにそこに設置したのかは、いまなお、はっきりとはわかっていない。

 

だれがなんのために作ったのか?

しばしばオーパーツの可能性が噂されるこの石球群─。

もちろん、つくられた年代は不明だ。

ただ、かつてコスタリカ南部一帯に栄えたディキス文化の産物ではないかと考える者もいる。

 

というのも、花崗岩製の球体が、紀元前200年から紀元後600年頃にかけてつくられたディキス文化に属する陶器と一緒に地面から掘り出されることがあるからだ。

その後も石球は、紀元後1000年から1500年頃につくられた彫刻とともに出土したとの報告がある。

 

この「石球=ディキス文化由来」説によれば、1502年のよく知られるスペインによる南米侵略のあおりを受けてディキス文化はあえなく滅び、以来400年以上にわたって、石球は歴史から姿を消すことになった…のだという。

 

石球の用途については、近年の調査の結果、「暦」説が唱えられている。

石球の配置には規則性があり、全体で星座や太陽などの天体を表していたというのだ。

しかし、いまとなっては多くの石が元の場所を離れてしまったため、確かめるのは難しい。

 

中には、内部に黄金が詰まっているという噂から破壊された球もあったという。

また球体の表面に刻まれた彫線が星座を表すという意見もある。

 

球をどうやってつくったか?・石はどこから来たか?

さて、おしまいに、「コスタリカ石球群」最大の謎にふれてみたい。

その完全な球形はどのようにしてつくられたのだろうか。

 

もし金属を使わないとすれば、石や岩石から完全な球をつくりだすのは非常に困難な仕事だ。

かりに密林のオーブがオーパーツではないとすれば、その製法は原始や古代の人々が磨製石器や石像などをつくった場合と似ているはずだ。

 

人間が金属を手にする以前の石材加工は、火を使っての加熱、つづく水による冷却を何度も繰り返すことで、石の表面を少しずつ崩してゆくという根気のいるものだった。

望みの形に近づいたところで、もっと硬い石などを使って成形し、その後、油脂と獣や木の皮で磨き上げるのが一般的なやり方だった。

 

さて、石球のほとんどはタラマンカ山地の麓から採れる花崗岩からつくられている(少数ながら、石灰岩や貝殻製のものもあるが)。

しかし、球が発見されたジャングルは採石場から80キロメートル以上も離れている。

この間、どうやって原石を運んだかも、尽きせぬ謎の一つと言える。

 

永遠と安寧のシンボル

発見された石球がすべてが完成品だったことも、気になるところだ。

制作途中のものや、失敗作などの未完成の球体はこれまで一度も見つかっていない。

おそらくそうしたものは粉々に破壊された上で、注意深く廃棄されたのだろう。

 

ここから、球が「永遠に普遍な完全性のシンボル」として作られた事情が想像できそうだ。

中途半端な球、つまり不完全な永遠などありえない、いや、あってはならない。

だから、それは壊されたにちがいない。

 

世界が21世紀に入っても、中央アメリカの古代文明は依然、謎につつまれている。

密林の緑魔がその痕跡を懐深く呑み込んでしまっているからだ。

「コスタリカ石球群」がオーパーツであるにしろ、古代人の宗教的な遺物であるにせよ、その謎を解き明かすことから、やがてこれまでとはまったく別の歴史が顔をのぞかせるにちがいない。

 

現在、石球の持ち出しや売買は法律で禁じられているが、コスタリカ国内の病院や学校、また博物館など公立の施設に展示されていて、見学できる。

現地を訪ねる機会があれば是非ご覧いただきたい。










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