パンダの赤ちゃんは、生後100日を無事に生き延びると、その後は順調に育つ確率が高いそうです。
しかしパンダよりはもう少し複雑に出来ていて、もう少し手間のかかる人間はそうは行きません。
「7つまでは神のうち」昔の日本人は、こう言い慣わして来ました。
7歳まで育ってしっかり人間の世界に入るまでは、まだあの世のモノともこの世のモノともはっきりしない、あやふやな存在。いつフッと消えてしまうかもしれない頼りない存在。
いつ死んで神様の元に帰ってしまっても不思議ではない、そんなふうに考えていたのです。
魚喰い毛(ととくいげ)
そんな時代だったからこそ親たちは、なんとか子供が無事に育つように神様に願をかけたり、おまじないにすがったりしました。
江戸時代の浮世絵などに描かれた子供の髪形を、ご覧になったことは有りますか?
クリクリと丸坊主に剃り上げて、頭のてっぺんや、両側の耳のあたりの髪を少し剃り残しておく。こんな髪形をした子供が目に付くはずです。
この剃り残した髪の毛のことを、魚毛(ととげ)とか魚喰い毛(ととくいげ)と言います。子供が川や囲炉裏(いろり)などにころげ落ちそうになった時、神様がこの髪をつかんで引き戻して助けてくれるのです。
神様が見ていてくれる
子供を育てたお母さんなら、こんな経験は無いでしょうか?
抱っこしている赤ちゃんが、誰も居ない空間に向かって、『にいっ』と笑うような顔を見せる。
学術的には、この行為は「新生児微笑」と言って、嬉しい、楽しい、の感情を伴っている訳では無い、単なる生理的な顔の筋肉運動だそうです、味も素っ気も有りません。
でも、赤ちゃんを囲む昔の大人たちは、そうは考えませんでした。
「オボツナサンが笑かしてる」とか「ウブの神さんがあやしている」と言い、「オボツナサン」や「ウブの神さん」が、赤ちゃんのそばに居て見守りあやしてくれている。赤ちゃんはそれを感じて笑っている、そんなふうに考えました。
「天神笑い」とか「地蔵笑い」と呼ぶ地方も有りますが、これも同じ考え方です。
あの世とこの世の境に居るような子供は、神様にも近かったのです。
赤子は大事に隠しておけ
地方によっては、オムツを夜外に干しておくのを非常に嫌いました。
夜と言うのは、人ならぬ魔性のものが活動する時間。そんな時に干してある赤ん坊のオムツを見つけられてしまっては、ここに幼いか弱いものが居ることを、魔物に教えることになってしまいます。
夜泣きも同じ理由で嫌われました。夜中に泣き出す赤ちゃんの声が随分大きく聞こえるのは、経験なさった方はご存知のはず。これも魔物に聞きつけられてしまいます。魔性のものを呼び寄せる声として嫌われたのです。
この家には獲物が居ると知ってしまった魔性のものは、自分の手に入れようとしつこくつけ狙います。
まだ人間の世界にしっかり住み着いて居ない子供は、魔物の世界にも近かったのです。
最後の手段、背守り(せまもり)の登場です
幼子が獲られぬよう喰われぬよう、しっかり周りの大人が見張っていてもそこは人間のする事、どうしてもスキが出来るもの。
特に子供の背後には眼が行き届きません。魔性のモノはそんなスキを狙って子供の後ろに忍び寄り、頭からガブリと喰らいつきます。そんな事になっては大変。
大人の着物には背中の真ん中に、左右の身頃を縫い合わせた「縫い目」が有ります。
この「縫い目」は、「魔物を見張る目」に通じ、霊力が宿るとされています。
後ろから魔性のモノが忍び寄るのを見張っているのです。
しかし肝心の小さな子供の着物には、この「縫い目」が有りません。
そこで考え出されたのが、わざわざ「縫い目」をこしらえる背守り(せまもり)です。
背守り(せまもり)さまざま
背守りにもいくつか種類があります。
1.糸じるし
一番単純なものが糸じるしですが、着物の背中の中央に、縦に何針かグシグシと縫い目を付けます。それと交差させるように、また何針か横や斜めにグシグシと縫います。
縫い終わりの糸は、長めに残しておきます。
いくつかバリエーションが有って、
縦に1本長く縫い、左右に斜めに1本づつ縫う。
縫い終わりの糸の先に、おみくじのように畳んだ和紙を結び付けて置く。
色どりの良い糸を何本か合わせて、縫い終わりの糸を房のように長く垂らすなどです。
2.ひも
糸で縫い目をつける代わりにひもを縫い付け、背中に長く垂らしておくものです。
先程述べた魚喰い毛(ととくいげ)と同じで、危ない時に神様がこのひもをつかんで助けてくれるようにとの思いからです。
地味な着物に真っ赤なひもを垂らしたり、きれいな結び目を作ったりとこちらも工夫を凝らしました。
3.刺繍
鶴亀や打ち出の小槌、麻の葉などめでたいもの、魔除けの意味を持ったもようを色どり良く刺繍します。「背紋」あるいは「飾り縫い」とも呼ばれました。
千鳥や花束、でんでん太鼓、日の丸の国旗などおしゃれな模様もあります。
4.押絵(おしえ)
布細工の1種で、小さく切った布の中に薄綿を包み込み、ふくらみを持たせます。それを着物に縫い付けた、立体的なアップリケと考えれば想像しやすいでしょう。
押絵の羽子板などは現代でも目にしますね。
もようは、亀や鶴、宝袋に蝶々、人形、ネズミと種類も豊富で、母親たちは子供の無事な成長を願いながら、一針、一針丁寧に仕上げて行きました。
終わりに
背守りは、乳幼児の死亡率の高かった時代、この子には何とか無事に育って欲しいとの思いを込めた人々の知恵ですが、これが現代にもよみがえっているのです。
亀、鶴、だるま、星、トンボ、ウサギ、富士山、ひょうたんなどデザインも多種多様。
Tシャツのプリントにも取り入れられています。
「すこやかに育って欲しい」の思いはいつの時代も変わりません。
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