戦国時代の戦に同行していた非戦闘員について







戦国時代の戦場に赴いていたのは、武将や足軽だけではありません。

非戦闘員となる職人や武士も同行して重要な仕事を任されていました。

本記事ではそんな戦国時代の戦場に赴いていた非戦闘員についてご紹介します。

 

大名たちが交わした戦時の約束

 

意外かもしれませんが、戦をする際には大名同士で事前に打ち合わせや戦争時の取り決めを行っていました。

非戦闘員を戦に同行させる場合には、必ずと言っていいほどあらかじめ「非戦闘員の人たちには絶対に手を出さない」という約束を両者の間で交わしていました。

さらに非戦闘員が間違って殺害されないように目印となる旗印や装いなども両者で確認していました。

しかしながら、非戦闘員に流れ矢があたってしまったり下層の兵士たちに話が伝わっていなかったりと非戦闘員も十分危険なところで仕事をしました。

 

戦国時代の戦に参加していた非戦闘員

 

書記官

戦功のあった者に労功行賞を行うための目録や軍記、国独自の歴史書を作るためには戦功や戦況を記録する必要があります。

書記官の武士たちは木や竹を囲うして作った携帯用の筆入れ、硯とまるで巻物のように巻いた長い紙か帳簿を持参し、軍隊がワーワーと雄叫びを上げながら斬り結んでいる側で戦況を記録していました。

 

武田信玄が編集させた甲陽軍鑑や織田信長の伝記である信長公記などは彼らの記録をもとにして作られたものです。

また、そのときの戦いでは兵士が何人で、どれくらいの被害があったのか、どのような戦法が決行されたのかといった詳しい戦況が後世の人々に伝わることがなかったでしょう。

さらに戦国武将がユニークな具足や兜を身に着けて戦っていたのは、書記官たちの目につきやすいようにしていた目的があります。

ゲームでおなじみの「人名+敵将討ち取ったりー」という鬨の声も、書記官に己の武功を正確に記録してもらうために発していたともいわれています。

 

石工職人

石工職人は戦場の砦や櫓、堤防などの工事に従事しました。

石や岩を削ったり砕いたりしながら石をくみ上げて建造物の基礎工事を戦場で行っていたのです。

そして石工職人の者たちが大きな戦功をあげた例としては、豊臣秀吉が決行した小田原城の水攻めがあります。

盛り土や木枠では簡単に水に流されてしまうので、石を組み上げた堤防を小田原城の周辺に張り巡らせて、水攻めを成功に導きました。

 

宮大工

当時宮大工という職業の人々は番匠という名で知られていました。

普通の大工さんと宮大工さんの違いは、建築物に一切釘をしないというのが、大きな違いです。

宮大工は木材をはめ込んだり組み合わせて、釘を使用しない堅固な建物を建築しました。

物資の調達や金属の節約のためにも宮大工の腕を借りて大型の兵器や攻城に使用されるはしごなどを制作しました。

戦時は原則として木材などの資材を現地調達するのが主流でした。

これは、自国からわざわざ資材の運搬をさせたりどれくらいの量が必要になるのかを見積もるのが難しかったためです。

 

猟師

漁師は普段野山に分け入って鳥やウサギなどを狩って生活をしていました。

その戦場となる現地の土地勘や経験に明るい猟師の力を頼って大名たちは事前に聞き込み調査を行ったり、戦へと同行を依頼していました。

特に山は気候の変化が激しいうえに、周りには木しかなく方向感覚がおかしくなるような土地でした。

また、山には井戸がないので、湧き水や地下水の湧き出る泉などの場所を把握しておく必要がありました。

兵法のセオリーとなる山の占拠や森林地帯を兵士に移動させて奇襲作戦を行うためにも欠かせない案内役でした。

 

水夫(漁師)

日本には平安時代から水兵という兵科がありました。

平氏が源頼朝率いる源氏に敗れ、源氏が天下を手中に収めた以後は、陸上戦が主流となりました。

そのため、四国の長曾我部元親や中国地方の毛利元就、村上水軍のように海賊と頻繁に戦かっていた大名でなければ、水軍を保有していませんでした。

そのため船を操縦する訓練を受けた兵士は少なく、豊臣秀吉の行った朝鮮出兵や海賊の討伐では、舟の漕ぎ手として地元の水夫(漁師)を多く雇いました。

水夫(漁師)たちは長年の経験と知恵で潮の流れや天候の変化を読み取ったり船を自由自在に操って水上戦の戦況を大きく左右しました。

 

僧侶・神主

戦国時代はまだまだ科学が進歩していませんでした。

そのため、人々は超自然的なエネルギー(天災や病気、化学現象や奇跡など)を神や仏のご加護として本気で信じていました。

開戦前には戦勝祈願を行うことが通例で神主が大名に命じられて儀式を執り行ったり、僧侶が祈祷を行って戦争の勝利と犠牲となった兵士たちの供養を行いました。

 

絵師

絵師とはいわゆる画家のことです。

大名たちのなかには、敵方の布陣や自分の陣地を把握する目的や後世に伝えるための資料として戦闘時の絵を描かせました。

 

まとめ

 

戦に同行していた非戦闘員についてご紹介しました。

我々が今こうして戦国武将の活躍や戦闘時のエピソードを知ることができるのは、書記官や絵師などの非戦闘員たちが戦に参加していたからであると言えます。










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